日立製作所は2011年からデジタルを活用した業務変革を進め、V字回復に成功した。その経験とノウハウの集大成として「Lumada」を立ち上げ、企業のDXを支援。さらにはあらゆる業界からDXのスペシャリストを集め、DXの一大相談所となりつつある。多くの企業が日立をパートナーに選ぶのは何故か。今回は「特別版」として、日立が誇るスペシャリストの1人、重田幸生氏にインタビューを実施。日立のDX支援事業をリードするキーパーソンから、取り組みや成功事例を聞く。
2003年、日系シンクタンクのコンサルティング部門に入社。製造業への経営コンサルティングに従事。幅広い業界の顧客に新規事業立案、デジタルビジネス・サービスビジネスの事業戦略立案、M&A・パートナー戦略、事業ポートフォリオマネジメントなどを実施。2021年より日系シンクタンクのコンサルティング部門パートナーにて、コンサルティング部門の製造業顧客に対する案件・顧客開拓、協業活動など主導。2023年日立製作所に入社。現職にて、日立グループ内外のデジタルソリューション・ケイパビリティを組み合わせて顧客の事業成長・変革を支援。そのための案件・顧客開拓活動、協業活動を主導する。東京工業大学工学院サステイナビリティチャレンジにてメンター代表、審査委員も務める
手を付けやすいDXから、コアビジネスのDXへ
――現在の日本企業のDX課題は、どの段階にあるのでしょうか。
手を付けやすい分野から進めてきたというのが、これまでのDXです。多くの企業に共通する標準的な業務、例えば経理や財務、人事などの分野にパッケージソフトウエアを導入するスタイルが一般的でした。「海外ではこのパッケージを特定の業務に入れて、コスト削減している」と聞けば、「自社も試してみよう」となります。これは比較的、成果を出しやすかったと言えます。
また、手を付けやすい所から進めてきたということは、部門や組織ごとの部分最適化が進んだとも言えます。本当に業務を変革しているのか、それとも変革せずに既存のプロセスをただIT化して効率を上げているだけなのか、よく見極めなければなりません。
しかし、今後は日本でも「コアビジネスのDX」が本格化していきます。企業が本当は何をしたいのか、正確に理解しなければこの先のDXは進みません。そのためには、事業責任者と技術に通じる者がしっかりと手を組んで戦略を練る必要があります。
――ビジネス全体を変えていくには、何が求められるのでしょうか。
解きたい課題を解決する方法を、丁寧に紐解いていくことでしょう。DXがめざす成果には、ITへの投資効果の向上やビジネスの効率化だけでなく、働きやすさや顧客満足度の向上などもあります。単にテクノロジーを入れて生産性を向上させようと考えるのではなく、課題を丁寧に検討し、その業務自体を無くせないか、その結果として働きやすい職場にできないかなどと考える。多角的な視点で経営課題を検討し、テクノロジーを組み合わせて解決していく姿勢が必要です。
「製造業最大の赤字」からのV字回復につなげた日立の変革
――日立グループ自身が進めてきたDXとは、いかなるものでしょうか。
2008年に起きたリーマンショックをきっかけに、日立は国内製造業で過去最大規模となる赤字を出しました。そこからのV字回復を実現する過程において、2011年から「スマート・トランスフォーメーション」の取り組みを始めています。DXという言葉が普及する、はるか前のことです。
まず、自社の競合となる海外のグローバル企業を設定し、徹底的にベンチマーク分析して自社の立ち位置を確認しました。ビジネスのコスト構造や競争力はどうか、事業ごとの浮き沈みがあっても安定的に利益を出せる構造になっているか、事業ポートフォリオは実効性の高いものになっているかなどを、徹底的に見直したわけです。
当時、日本の電機業界の営業利益率はおよそ5%でしたが、海外のグローバル企業は2ケタ以上でした。日立は国内ではなくグローバルで戦うことを強く決心し、2ケタの利益率をめざしました。2ケタの利益率を目標に設定すれば、そのために何が必要かを考えるようになります。厳しい変革も求められます。
まず、調達の分野から変革に着手しました。調達先を集約したり無駄を解消することで、効率化とコスト低減を実現し、小さな成功を積み上げていきました。次は、業務の整流化と標準化です。サプライチェーンマネジメントで生産拠点を集約したり、ビジネスごとにバラバラだった業務プロセスを、可能な限り標準化。業務をITで変革してきました。
今でいうDXを意識していたわけではありませんが、こうした標準化の下地があったことで、業務にデジタルを入れやすくなっていると思います。日立には多種多様なビジネスがあり、海外展開も多い。全体最適と部分最適を行き来しながら、変革を進めてきました。
――製造現場での変革も進んだのでしょうか。
日立の大きな強みは、製造現場を持っていることです。例えば、大みか事業所(茨城県日立市)では制御機器を中心に受注生産型のものづくりをしています。設計から製造、出荷までのリードタイムをいかに短縮するかが重要ですが、受注生産の場合は効率がなかなか上がりません。
設計と製造の間にどんな課題があるのか。製造現場の中に入り、RFIDタグやカメラの画像解析を使ってプロセスをデータ化し、丁寧に分析しながらプロセスを変えていきました。そうした経験が、日立の生産現場デジタルツイン化ソリューション「IoTコンパス」を含む製造業向けソリューションの基礎になっています。
日立が一般的なITベンダーと異なる点は、自身もメーカーであることです。自社の製造ラインにIoTを導入し、業務効率の改善やリードタイムの短縮に取り組みながら、成功と失敗を繰り返し、実効性の高いノウハウを蓄積しています。理屈どおりにはいかない、現場で発生する大小さまざまな課題を丁寧に改善してきました。
図面を作るプログラムやパッケージソフトを作っているITベンダーはたくさんあります。しかし実際の図面を製造現場に流し、発生した不具合を確認してもう一度設計に戻すといった従来のプロセスを改善できるDXは、現場を持っている企業だからこそ可能になる側面があります。
「Lumada」はDXのナレッジやノウハウの集合体
――10年以上培ってきたそうした日立のノウハウを、顧客向けのDXソリューションにまとめた「Lumada」とは、いかなるものでしょうか。
Lumadaは2016年に発表した、日立の先進的なデジタル技術を活用したソリューション/サービス/テクノロジーの総称です。プロダクトをIoT化するソリューションだと思われている方が多いですが、それだけではなく、デジタルを使ってビジネスを変革してきた知見とノウハウの集合体がLumadaです。多数のノウハウが誰にでも活用できる形で整理され、共有されています。
例えば「Lumada Playbook」では、企業が持つ課題を把握するためのツールや質問、チェックリスト、プロセスなどが共有されています。これを使えば、顧客の課題を明確化し、DXの戦略に生かすことができます。
サントリー食品インターナショナルの「サントリー天然水 北アルプス信濃の森工場」の事例では、まず現状を日立独自の「成熟度モデル」によって細かく診断し、そこを起点にDXの戦略を検討しました。同社が掲げたテーマは「データ科学の活用」「人間中心のモノづくり」「進化し続ける工場」の3つ。これらの実現に向け、具体的な課題の抽出とその解決を進めました。各ソリューションと期待する成果の関係を「リザルトチェーン」という手法で具体的に可視化し、成果が出ることを確認した上で施策を展開しました。
ここで生み出されたソリューションの1つに、「1本トレース」があります。毎分1000本のスピードで生産される飲料水のペットボトル製品1本ごとに、工業用インクジェットプリンターで固有IDをプリントし、製造や検査履歴、品質情報を1本単位で管理する複合的なシステムです。
従来は何か不具合が生じた場合、その範囲を大まかにしか特定できず、多くの製品を回収して対応する必要がありました。しかも商品が市場に出た後で回収するとなると、大変な時間と労力がかかります。「1本トレース」の実現により、影響範囲がデジタルに特定でき、迅速な対応が可能になりました。この事例はトラブル対応のスピードと効率の飛躍的な向上だけでなく、従業員の負担軽減によるウェルビーイングにもつながりました。
一般的に製造現場では、「4Mデータ」で製造プロセスの変革を進めています。4Mデータとは、「ヒューマン (人)」「マテリアル(材料)」「メソッド(手法)」「マシン(機械)」のデータです。日立ではこれを「IoTコンパス」で可視化し、製造工程のさまざまな変革に生かしています。
例えば、生産ラインを流れる製品の1個に不具合が見つかると、その都度、修復のための割り込み作業が発生し、生産計画を調整しなければなりません。これを4Mデータでシミュレーションし、瞬時に生産計画を組み直すことで、自動かつ迅速な対応を可能にしています。もともと自動車メーカー向けに開発した技術なのですが、実はこのノウハウがサントリー食品インターナショナルの「1本トレース」にも生かされました。
日立は、こうした生産計画の最適化が得意です。何故かと言えば、鉄道の運行計画(ダイヤ)のシステムを長く作ってきたからです。ある列車が遅れたら、すぐに運行計画を組み直さなければなりません。世界トップレベルの正確さを誇る日本の鉄道を、日立は国鉄時代から支えてきました。Lumadaには、こうした業界をまたぐ膨大な開発経験が組み込まれ、DXに活用できる状態で用意されているわけです。
最適な「相談相手」と対話し、真にめざしたいDXを実現へ
――DXにおける日立の強みと、その源泉について教えてください。
「当社自身がメーカーとして試行錯誤してきたデジタル変革の経験とノウハウ」がまず一つ。次に「グローバル企業として見てきた海外企業と日本企業の文化の違い」を理解していること。そして日立グループのコンサルティングファームとして課題解決に取り組んできた日立コンサルティングの実績も組み合わせ、「製造業からエネルギー、鉄道、機械、金融、医療などさまざまな業界を支援してきた知見とノウハウ」を持っていること。これらが大きな強みです。
日立グループが積み上げてきた1000件以上の具体的な事例を、ナレッジマネジメントの技術によってLumadaに取り込み、さまざまな角度から検索して利活用できる状態にしています。今年3月に買収した米GlobalLogicのDX事例がそこに加わったことで、その数は3000件以上に及んでいます。
日立コンサルティングとGlobalLogicの参入で、グループ全体のSoE(System of Engagement)が強化されました。お客さまの経営課題の理解から、事業構想(コンサルティング・デザイン)、デジタルエンジニアリング、アプリケーション開発・運用に至る、上流コンサルからシステム実装、運用・保守まで、End to EndでのDX支援が提供可能になったのです。今後もグローバルなDX協創の支援体制と、スペシャリスト人材のさらなる強化を図ります。
多くのイノベーションは、過去の事例やノウハウの組み換えによって起こります。Lumadaの事例データベースは、新たなイノベーションの大きな源泉になっています。Lumadaとは先進的なテクノロジーの集まりであるだけでなく、日立がやってきたことの集大成なのです。
これまでのDXでは、流行やお仕着せ的なソリューションが少なくなかったと感じています。「米国で普及しているから」とか「使いやすいと聞いたから」という理由で、試しに導入した企業も多いでしょう。その結果、部門ごとの最適化が進み、全体最適の視点から見れば必ずしも効果的とは言えない取り組みもあったと思います。
そのようなDXは、もう卒業する時期に来ています。ビジネスとして本当に狙いたい目標は何でしょうか。テクノロジーとビジネスの双方を知る最適な「相談相手」と対話しながら、今一度、戦略を練り直していただきたいと願います。
今後は機能間・企業間連携による、新たな価値創出という「次のフェーズ」へDXがシフトしていくでしょう。日立はLumadaを起点にパートナーとして日本企業のDXをリブートしていきます。企業が本当にめざしたい「次のフェーズ」のDXは、最適な「相談相手」との協創によって生まれると信じています。