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自治体・都市が抱えるさまざまな課題に対し、デジタル技術、データ活用によって解決をめざすスマートシティ。多くの自治体で取り組みが始まるなか、具体的にどのようにプロジェクトを立ち上げ、どう推進していけばよいのか、実際の現場では手探りで始めざるを得ない場合も多いだろう。
そこで、「柏の葉スマートシティ」のけん引役であり、都市計画が専門の出口敦・東京大学教授/日立東大ラボ長と、日立東大ラボの日立側メンバーで、データ連携やサイバーセキュリティが専門の鍛忠司・主管研究長に、スマートシティ推進のポイントを聞いた。聞き手は、日立市との次世代未来都市(スマートシティ)共創プロジェクトに取り組む日立製作所・社会イノベーション事業統括本部の中村有沙が務めた。
(於:柏の葉アーバンデザインセンター)

ダイジェストムービー

インタビューの様子をまとめたダイジェストムービーを公開していますのでぜひご覧ください。

画像: 「持続可能なスマートシティをどう実現する?」Interview Digest Movie youtu.be

「持続可能なスマートシティをどう実現する?」Interview Digest Movie

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人々の暮らしを起点に都市をつくりかえる

中村 日立製作所・社会イノベーション事業統括本部の中村です。現在入社3年目で、今年(2024年)4月からは茨城県日立市との、デジタルを活用した次世代未来都市(スマートシティ)共創プロジェクトに従事しています。実際に日立市に住み、日々、市役所のプロジェクトルームにて市の職員の皆さんと一緒に活動を推進しています。今日は日立東大ラボの出口敦先生と鍛忠司さんに、スマートシティとは一体どのようなものであり、どうすれば住民が幸せに暮らせる持続可能なまちづくりができるのか、お話を伺っていきたいと思います。

画像: 日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部中村有沙

日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部中村有沙

出口 東京大学の出口です。専門は都市計画学、アーバンデザインです。東大では大学院新領域創成科学研究科に所属していますが、この大学院は、本日の会場でもあるここ千葉県柏市の柏の葉地区に拠点があります(柏キャンパス)。私は「柏の葉スマートシティ」の中心的な組織である「柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)」のセンター長として、柏の葉スマートシティづくりにも参加しています。また日立東大ラボには2017年から関わり、日立の方々と一緒にハビタットイノベーション・プロジェクトにおいてスマートシティの研究を進めています。

 日立製作所・研究開発グループ主管研究長の鍛です。1996年に入社してから一貫してサイバーセキュリティの研究に携わってきました。現在はデータ連携、サイバーセキュリティの観点からスマートシティを研究しています。日立東大ラボのハビタットイノベーション・プロジェクトには2019年から関わっており、昨年(2023年)からは同プロジェクトの日立側のリーダーを務めています。

中村 ではまず、日立東大ラボの設立の経緯やミッションをお聞かせください。

出口 日立東大ラボは2016年6月に発足しましたが、その約半年前の2016年1月に、国が「第5期科学技術基本計画」を閣議決定し、そのなかで「Society 5.0」という考え方が提唱されました。これは、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く新しい社会のことであり、サイバー空間とフィジカル空間(現実世界)を高度に融合させることにより、経済発展と社会課題の解決の両立と人間中心の社会をめざすというビジョンです。

画像: 東京大学執行役・副学長 大学院新領域創成科学研究科教授/日立東大ラボ長/柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)センター長 出口敦氏

東京大学執行役・副学長 大学院新領域創成科学研究科教授/日立東大ラボ長/柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)センター長 出口敦氏

その実現のために、東京大学と日立の共同研究の推進母体として創設されたのが、日立東大ラボです。実は日立東大ラボは、東大の産学協創事業の第1号でもあります。これは、従来の多くの共同研究が研究室や特定分野の単位であるのに対し、より大きなスケールの枠組みとして、組織対組織による産学連携の取り組みです。現在、10を超える産学協創事業が東大と企業との間で進められています。

 一方、2016年当時、日立製作所は「社会イノベーション事業」という、顧客との協創によって社会課題を解決していく事業に取り組み始めていたんですね。当時の中西宏明会長は、社会課題解決をめざすSociety 5.0を実現するには、日立とお客さまとの1対1の協創を超えた、より広い連携を進めていくべきだと指摘していました。そのためには、個別の技術やソリューションの開発だけではなくて、「こういう世界をつくりたい」というビジョンから提唱する形で社会変革を進めなければならない、と。

これを受けて、実際にいくつかの国内外の大学と大型連携を進めることになりましたが、その第1号が日立東大ラボというわけです。具体的な研究領域としては「エネルギー・プロジェクト」と、「ハビタットイノベーション・プロジェクト」の2つを進めています。

画像: 日立製作所 研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタ 主管研究長 鍛(かじ)忠司

日立製作所 研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタ 主管研究長 鍛(かじ)忠司

中村 ハビタットイノベーション・プロジェクトとは、どのようなプロジェクトですか。

出口 まさにデジタル革命、ICT革命後の都市づくり、まちづくりを考えていくプロジェクトです。ただし、テクノロジーをトップダウン型で導入して進めるというより、むしろハビタット、すなわち居住の観点から変革していく、つまり、人々の暮らしを起点に都市をつくりかえていくことをめざしています。

2017年からの第1フェーズ、2020年からの第2フェーズを終え、2023年から第3フェーズに入ったところであり、フェーズごとに成果物として書籍を出版しています。1冊目が『Society 5.0 人間中心の超スマート社会』(日本経済新聞出版)、2冊目が『Society 5.0のアーキテクチャ 人中心で持続可能なスマートシティのキーファクター』(同)です。2冊目の内容については後ほど触れたいと思います。

「持続可能」「幸せな暮らし」はテクノロジーで実現できる?

中村 私はSociety 5.0やスマートシティ関連のプロジェクトに携わるに当たって、結構モヤモヤしてしまうというか、自問自答することがあります。日本全国、高齢化や都市への人口集中、過疎化などの社会課題が山積するなかで、そのときに掲げられる「Society 5.0」「スマートシティ」というビッグワードからは、どのような社会・まちをめざすのかという、具体的なイメージがつかみづらいためだと思います。もう少しやわらかい言葉で言い換えるとしたら、どうなるでしょうか。

出口 確かに、「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させることによる超スマート社会」、などと書いてあっても、どういうことかな?と思いますよね。例えば、私の専門である都市の例で言うと、20世紀に都市が巨大化し、大都市圏のネットワークのなかでいろいろな問題を抱えるようになってきました。災害に対する脆弱性や、カーボンニュートラルといった環境面の課題などさまざまです。それらを包含するのが、都市全体をどうやってサステナブルな(持続可能な)ものにしていくか、という大きな課題です。

一方、本当に「人」中心の都市をつくってきたのかどうか。ご承知のとおり、最近は生活の質、つまりクオリティ・オブ・ライフ(QoL)の向上が、もうひとつの大きな課題となっています。一人ひとりが幸せに暮らしていけるような、幸福度や満足感、QoLを高めていくための都市づくりが求められているわけです。

画像: 「持続可能」「幸せな暮らし」はテクノロジーで実現できる?

この2つの大課題に立ち向かうためには、道路や公園などの公共空間、暮らしやすい住宅といった魅力的なリアル空間をつくるだけでなく、多様な住民の要求を満足させていくことが求められます。そのために高度なデジタルサービスを導入する、あるいはその導入によって課題を解決していくことが有効な方法として考えられるわけです。つまり、「魅力的なリアル空間と高度なデジタルサービスを組み合わせていくのがSociety 5.0の考え方に基づくスマートシティである」と考えています。

中村 「サステナブルとウェルビーイング」「魅力的なリアル空間と高度なデジタルサービス」という2つの観点があるのですね。私がモヤモヤしていたのは、「スマート」という言葉から、テクノロジーを活用した先進的かつ効率化の図られた社会を思い浮かべていたからかもしれません。「スマートや効率化は必ずしも人の幸せという感情に直結しないぞ!」みたいな(笑)。コロナ禍で大学生活を過ごしただけに、リアルな人と人とのつながりにこそ幸せがあるという思いが強くあります。やはりデジタルは手段であって裏で動かすもの。まずは魅力的なリアル空間づくりを中心に据えてスマートシティを設計していくことが重要だと、お話を伺って改めて感じました。

住民のニーズに応える“かしこい”まち、スマートシティ

出口 スマートシティの「スマート」にどういう意味があるのかは、私たちもよく議論しています。まず、都市計画の立場からいうと、次なるフロンティアという位置付けがあります。

20世紀を振り返ると、スカイフロント、ウォーターフロント、ジオフロントという3つのフロンティアがありました。スカイフロントは超高層ビルをともなう都市開発など、都市の高さを軸にして上方向に伸ばしていく。ウォーターフロントは水辺空間、埋立地の開発などで、水平方向に都市を伸ばしていく。ジオフロントは大深度地下の開発です。スマートシティというのは、これらのリアル空間のフロンティアではなくて、サイバー空間をフロンティアとする考え方だととらえることができます。

 デジタルが専門の私からあえて言わせていただきたいのは、「はじめにデジタルありき」ではないということ。「スマートな」というのは、たとえIoTやデジタルツインなどのテクノロジーを使っていたとしても、どちらかというと、ユーザーのニーズに的確に応えられる社会インフラといった、「かしこい」という意味合いが強いと思っています。それをまち全体、社会全体に広げようというのがスマートシティなのです。ちなみに、スマートシティに関連する研究開発は現在、デジタル分野でもフロンティアです。

中村 なるほど、「かしこい」という意味のスマートですね。すでにサイバー空間とリアル空間を融合させている例は何かありますか。

出口 普段から我々はタクシー会社のアプリや、公共交通の乗り換え案内アプリなどを使っていますよね。これらもサイバー空間とリアル空間の融合の例です。サイバー空間の地図のなかでタクシーのアイコンが動いていて、それをアプリで見ることができ、それによって我々のリアルな行動も変容しているといえます。

また、サイバー空間利用の例として、都市開発で実用化されているのは災害時のシミュレーションです。火災や地震が起きたときに人をどう避難させるのか、どのような被害が想定されるのかを、あらかじめサイバー空間でシミュレーションしておく。それにより、避難経路のボトルネックを事前に確認して、その解消方法をサイバー空間のなかで検証し、その結果に基づいてリアル空間の整備を行う。そうすることで災害リスクの少ない、安全なまちがつくれるというわけです。

画像: 住民のニーズに応える“かしこい”まち、スマートシティ

生活者参画の切り札、「リビングラボ」という手法

中村 私自身の悩みをお話ししますと、自治体や企業の方などと一緒にスマートシティに取り組もうとすると、総論としては「素晴らしいビジョンなのでぜひ一緒にやっていきましょう」となりますが、実際に各論に落とし込むフェーズになると、なかなか進みづらいことが多いと感じます。

そこで、何かヒントがあればと思い、先ほど出口先生からご紹介があった書籍『Society 5.0のアーキテクチャ 人中心で持続可能なスマートシティのキーファクター』を読んでみました。

そこには、キーファクターとして「社会的な受容」「データガバナンス」「生活者参画」「スマートシティのQoL評価」「人財育成」「データエコシステム」の6つが挙げられています。そのなかで私が特に注目したのが、「生活者参画」と「スマートシティのQoL評価」の2つです。まず、生活者参画について伺いたいのですが、自治体や企業などの都合で進めてしまい、まちの主役である住民が置いてけぼりにならないためには、どうすればよいのでしょうか。

画像: スマートシティ導入にあたっての課題と対応すべき方策 ~デジタル社会インフラとしての6つのキーファクター~(日立東大ラボ提供)

スマートシティ導入にあたっての課題と対応すべき方策 ~デジタル社会インフラとしての6つのキーファクター~(日立東大ラボ提供)

出口 住民参加についての研究は都市計画の分野でも蓄積があり、いろいろな方法や仕組みが考案され、実施されてきていますが、特に有効なものとして我々が提唱しているのが「リビングラボ」です。その名の通り、まちの中に参加型の研究開発の場(ラボ)を創り出し、新しいサービスなどを生み出す方法です。とりわけスマートシティへの生活者参画を進めていくうえでは、この仕組み、場づくりがカギになると考えています。

先ほどおっしゃったとおり、スマートシティというと自治体主導あるいは大企業主導で、トップダウンの流れでつくられてしまう傾向にある。でも実際は、地域のことはその地域の住民が一番よく知っています。そこで、住民の方々から地域の課題を挙げてもらい、ベンダーの方々が持っているアプリ開発などの技術をうまく組み合わせてプロジェクトをつくりだしていくのです。北欧の都市において、また日本でもいくつか取り組みが進められてきており、私どもはそれらを参照しつつ、日立東大ラボなりにリビングラボの仕組みと方法論の研究をしています。

柏の葉のリビングラボ「みんなのまちづくりスタジオ」

中村 出口先生が関わっていらっしゃる柏の葉スマートシティとそのリビングラボの例を教えていただけますか。 

出口 柏の葉のまちづくりは、2005年につくばエクスプレスが開通し、柏の葉キャンパス駅が開設されたことからスタートしました。当時、駅前はほとんど更地でしたが、その後急ピッチで都市開発が進み、今では駅周辺に約1万人ほどの人たちが住んでいます。

増えてきた住民の方々の目から見たまちの課題とその対応を検討し、プロジェクトを生み出していくスマートシティにはさまざまな課題が出てきます。そこで、駅西口に位置する柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)というまちづくりのセンターの施設内の一部を改装して、リビングラボ化しております。住民の方々が気軽に入ってこられて、ワークショップなどもしやすいようなしつらえに変えています。

画像: 柏の葉リビングラボの取り組み(柏の葉アーバンデザインセンター提供)

柏の葉リビングラボの取り組み(柏の葉アーバンデザインセンター提供)

リビングラボ開設にあたり、まずは名前を決めました。多数の応募をいただき、最終的に「みんなのまちづくりスタジオ」、通称「みんスタ」に決まりました。

中村 親しみやすいネーミングですね。名前が決まって、次にどのようなステップに進まれたのでしょうか。

出口 みんスタでは、まずどのようなプロジェクトに着手するかを議論しました。その結果、現在は2つが立ち上がっています。1つ目は、小さいお子さんがいるご家族向けのプロジェクトです。育児のことを相談したり協力しあう仲間をつくったりできるようなさまざまなサークル活動、そして、それらをつなぐウェブサイトをつくることから始めています。

2つ目は、「フレイル予防AI」と呼ばれる、高齢者に元気にすごしてもらうためのプロジェクトです。フレイルとは、健康と要支援・要介護との間の虚弱な状態のこと。東京大学高齢社会総合研究機構の機構長であり、フレイル研究の第一人者である飯島勝矢教授の知見をもとに、フレイル予防の取り組みを支えるためのサービスを住民の方々と検討しています。柏市、東京大学、日立製作所の3者による取り組みがもととなり、参加者の方々に健康に関するデータを提供していただき、そのデータを利用したフレイル予防の方法の開発を進めています。

中村 具体例によって、だいぶイメージがクリアになりました。次回(後編)は住民参加を促す工夫や、キーファクター「スマートシティのQoL評価」について伺いつつ、スマートシティ成功の条件について考えていきたいと思います。

後編につづく

プロフィール

画像1: 持続可能なスマートシティをどう実現する?
【前編】地域の課題と解決策をつなぐ「リビングラボ」

出口敦(でぐち・あつし)
東京大学執行役・副学長 大学院新領域創成科学研究科教授。日立東大ラボ長。柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)センター長。工学博士。専門は都市計画学、アーバンデザイン。

画像2: 持続可能なスマートシティをどう実現する?
【前編】地域の課題と解決策をつなぐ「リビングラボ」

鍛忠司(かじ・ただし)

日立製作所 研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタ 主管研究長。博士(情報科学)。専門はサイバーセキュリティおよびデジタルトラスト。

画像3: 持続可能なスマートシティをどう実現する?
【前編】地域の課題と解決策をつなぐ「リビングラボ」

中村有沙(なかむら・ありさ)

日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部 サステナブルソサエティ事業創生本部 サステナブルソサエティ第一部 兼 ひたち協創プロジェクト推進本部

関連サイト

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