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持続し発展を続けるスマートシティは、何が成功要因となっているのか。「実証実験」段階から「社会実装」への壁を乗り越えるには、何がカギとなるのだろうか。
「柏の葉スマートシティ」のけん引役である出口敦・東京大学教授/日立東大ラボ長と、日立東大ラボのメンバーでデジタル技術の側面からスマートシティの研究に取り組む鍛忠司・主管研究長に、日立製作所の中村有沙が聞いた。
(於:柏の葉アーバンデザインセンター)

逃げない姿勢でキーパーソンと粘り強く対話する

中村 前回(前編へ)ご紹介があったリビングラボについて詳しくお聞きしていきます。住民の意見を吸い上げる際に、「いかに」住民に協力してもらうか、また「どなたを選んで」協力してもらうのか、という工夫が必要だなと思っています。柏の葉のリビングラボでは、どうされているのですか。

出口 今、「選んで」という言葉を使われましたが、基本的にはそこはオープンですね。たとえば柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)はどなたでも出入りできます。幅広い層に参加してもらうことが重要で、そうした点にはUDCKのスタッフも配慮しています。住民の方々の関心事、課題意識について、参加している方々のなかで話し合っていただいて、それを整理してプロジェクトを立ち上げていく。間口はオープンということがポイントです。

画像: 東京大学執行役・副学長 大学院新領域創成科学研究科教授/日立東大ラボ長/柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)センター長 出口敦氏

東京大学執行役・副学長 大学院新領域創成科学研究科教授/日立東大ラボ長/柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)センター長 出口敦氏

中村 積極的に参加してもらうためにどのような工夫が必要でしょうか。

出口 それはその地域の特性によって違うと思います。例えば柏の葉には大きなマンション群があるので、マンションの自治会を通じて公募をかけたり、UDCKは設立からもう10年以上経ちますので、そのネットワークを使ったり。あるいは東京大学や千葉大学が近くにあるので、それら大学のネットワークも使っています。要は、地域の特性に応じて複数のチャネルを使って、幅広く住民や従業者の方々に集まっていただく。

中村 それを根気強く続けるということですね。鍛さんは生活者参画を促すためには何が必要と思われますか。

 書籍『Society 5.0のアーキテクチャ』で取り上げた6つのキーファクターには、「生活者参画」のもう一段前に「社会的な受容」があり、これも合わせて考える必要があります。「社会的な受容」とは、テクノロジーや個人情報を使うようなサービスを住民の皆さんにどのようにして受け入れてもらうのかということ。我々の研究では、そのサービス自身が住民にもたらすベネフィットよりも、そのサービスを提供する提供者が信頼できるかどうかが、受容の度合いを大きく左右するという結果が得られました。

では、提供者に対する信頼度を上げていくにはどうすればいいか。そこにリビングラボが大きな役割を果たすと考えています。つまり、リビングラボを開設して住民の皆さんに参加してもらって、一体となって進めることにより、提供者に対する信頼性が上がり、住民参加がさらに促される。

画像: 日立製作所 研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタ 主管研究長 鍛(かじ)忠司

日立製作所 研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタ 主管研究長 鍛(かじ)忠司

他にも、提供者側に求められるのは、「逃げないこと」と「キーパーソンをつかまえること」といわれます。キーパーソンとは、リビングラボの施策に興味を持って参加してくださる方、地域に愛着があり問題意識も持っていて、具体的に解決のための行動を起こしてくださる方というイメージです。リビングラボという仕掛けを使って、逃げない姿勢で粘り強く住民の方たち、キーパーソンと対話を重ねていくことがポイントです。

中村 地域に開かれた場があり、Face to Faceに会話ができるということが、住民の方々の安心感や信頼につながっているのですね。

声なき人の声をデジタル技術で吸い上げる

中村 続いて、書籍で取り上げられているキーファクターのうちの「スマートシティQoL評価」に関して伺います。私自身、施策に対して実際に成果が出ているのかを測る指標の必要性を痛感しています。

出口 都市計画の分野では、かつては道路のネットワークがどれくらい充実したのかとか、公園がどのくらい増えたのかは、航空写真を撮るなどして空から成果が見えたわけです。ところが、スマートシティは人間の生活そのものをより良くしていこうとするものなので、空からはその変化が見えません。

そこで、人々がどれくらい満足しているか、あるいは幸福度が上がっているかを把握しながら進めていくような評価方法が必要だと考え、QoL評価の重要性を提唱しています。このように、空の上からや外側からではなく内面から都市を評価していこうというのがQoL評価の基本的な考え方です。

ただ、これは非常に難しい。毎日住民の方々にアンケートをとるのは大変ですよね。そこで日立東大ラボでは、賛同していただいた住民の方々の行動をモニタリングして、人それぞれの多様な好みと、その人がどこでどういう行動をしているかを組み合わせて測れるようなツール「Active QoL」の開発に着手しています。

中村 どれくらいの頻度で評価していくものなのでしょうか。

画像: 日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部 中村有沙

日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部 中村有沙

出口 どこまで頻度高くとればいいのかは、まだ研究課題です。1人の人に対する頻度という問題と、もうひとつ、どのくらい多くの人の QoLを評価するかという数の問題もあります。

できるだけ大勢の方のQoLを評価することは大事なのですが、さらに重要なのは、平均値ではなくて、むしろ分散を見ていくこと。平均値をとってしまうと、当然のことながら全体の平均的な方向にいってしまいます。小さなお子さんのいる若い夫婦と単身高齢者では、それぞれニーズは違いますからね。もともと住民は多様だということを前提にしてQoL評価をしようとしているわけですから、本末転倒にならないように注意してデータを活用しなければなりません。

中村 確かに。「誰一人取り残さない」というのがSDGsのキーワードになっているけれど、気をつけていないと施策はマジョリティ(多数)の意見に寄ってしまいがちですね。平均値ではなくて分散を意識するというのは新たな気づきです。

 マジョリティの意見に寄る、と言われましたが、実は必ずしもマジョリティに引っ張られているわけではなくて、声が大きい層に引っ張られる傾向があると思います。デジタル技術やデータを使ってQoLを評価していく利点のひとつは、声を上げていない人たちがどんな層であり、そこにどういう課題があるのかを見つけることができる点です。

中村 それがデジタルの力なんですね。もうひとつ気になる点があるのでお聞きします。全世代が大事とは言いつつ、施策の優先順位も生じてきてしまう気がします。施策を仕掛ける順番はどんな観点で決めていくのでしょうか。

画像: 声なき人の声をデジタル技術で吸い上げる

出口 なかなか一言で答えるのは難しいですが、やはり課題の重要性に依存すると思います。ポイントは、意思決定をするときに住民の合意形成も一緒に進めることでしょう。そのときに、リビングラボのような、常にオープンな場があることは非常に重要です。

人の動きを可視化し、データを活用して合意形成:松山市の例

中村 柏の葉以外のスマートシティの例も伺いたいと思います。具体例をお聞かせいただけますか。

 では、私たちが2020年から取り組んだ、愛媛県松山市の「データ駆動型都市プランニング」の実践例をご紹介します。

松山市では伝統あるまちをみんなが歩いて暮らせるように変えていく取り組みを進めていました。公民学連携組織「松山アーバンデザインセンター」が中心になってワークショップを開き、住民や観光客の意見を吸い上げ、合意形成を図りながら施策を進めてきています。

日立東大ラボでは、松山市での実際の人の動きをセンサーでとったデータをモデル化し、それを可視化して実際に見てもらいました。このとき利用したツールを「Cyber-PoC for Cities」*と呼んでいます。人の行動が時間につれてどう変わっていくのかを見ながら、どこに課題があるのかとか、どう改善していきたいといった共通理解の促進に役立てています。

画像: Cyber-PoC for Cities ワークショップ風景

Cyber-PoC for Cities ワークショップ風景

コロナと重なり、対面のワークショップを開きづらい時期には、オンライン・ワークショップを開催することにより、逆に、仕事を持つ人や育児中の人など、さまざまな方々と対話ができました。これも、デジタル活用の利点のひとつだと思いました。

中村 なるほど。この取り組みの場合、近隣の自治体との連携についても議論されたのでしょうか。

 今回は松山市内の回遊がテーマだったため、周辺自治体との連携については、クローズアップされませんでしたが、そのことは常に意識されているようです。

出口 「Cyber-PoC for Cities」はさまざまな使い方ができるので、たとえば広域でバス交通をどう充実させるかとか、市町村を越えて1つの河川流域で防災を考える際などに、周辺自治体と連携して使っていただくことは十分可能です。

*「Cyber-PoC for Cities」:PoCとはProof of Conceptの略で概念実証のこと。Cyber-PoC for Citiesは、PoCをデジタル上で行い、まちづくりに関わる多種多様な関係者をつないで議論を活性化し、合意形成を支援するためのツール。

一過性のイベントに終わらせず、仮説を立てて検証を行う

中村 スマートシティを実現していくプロセスとして、大きく分けると「検討」「実証実験(社会実験)」「社会実装」の3段階があります。実証実験までは順調に進んでいる印象がありますが、その先が難しい。実証実験で終わらせずに、自律的で持続可能な社会実装まで続けていくところに高い壁があると感じます。

画像: 一過性のイベントに終わらせず、仮説を立てて検証を行う

出口 柏の葉スマートシティのように、10年以上持続してまちづくりができているケースというのは、それほど多くないかもしれません。2011年にエネルギーマネジメント中心のスマートシティの計画を国の環境未来都市に申請し、2014年に日立の技術を使ったエネルギーマネジメントシステムを導入。その5年後の2019年からは、国土交通省のスマートシティモデル事業の先行地区に採択され、第2フェーズに入っています。

継続できている要因は、人口増加に伴って変化する課題に、都度、対応してきたからと言えます。例えば当初は自動車や自転車を利用する人の利便性を向上することが課題でしたが、今はバス交通の利便性をどう高めるかに重点が移り、自動運転バスの導入を検討しています。そのように課題の変化に対応しつつ、計画をつくっていかなければなりません。

中村 社会実装へとつなげていく上では、どのような点に気を付けたらいいのでしょうか。

出口 ひとつは、「社会実験とイベントとは違う」ということ。社会実験(実証実験)は実験なので、こういう取り組みを行うと人の行動はこう変容するだろうという仮説を立ててから実験を行い、その成果をもとにして施策に反映させていく。新しい技術が出てきたことをきっかけに、「とりあえずイベントとして、まちのなかに投入してみよう」という場合もありますが、それがどんな課題と紐付けられて、課題解決にどうつながるのか、きちんと仮説を立てて検証することが社会実験には求められます。

もうひとつは、最初にスマートシティの実行計画をつくることをお勧めします。これは、地域のビジョンをもとに、それを実現するための社会実験や取り組みをまとめた構想です。実際、柏の葉が第2フェーズに入るときには関係者で集中的に議論して実行計画をつくりました。地域の課題を整理し、使用する技術も含めた解決方法を明らかにし、どのような効果がもたらされるかを想定するマスタープランを策定しました。さらに、先ほどお話ししたように地域の成熟度や社会・経済状況によって課題が変わっていくので、定期的に見直していくことも重要です。

 さまざまなスマートシティ・プロジェクトの調査を行っていると、うまくいかないケースには共通の特徴があることに気づきます。実証実験が技術の実証にとどまっていたため、そこから先の社会実装に進めていく際にうまくいかないという例がよく見受けられるのです。

まちづくりというのはソリューションを1回実装したらそれで終わりではなく、日々の運用のなかで課題を見つけ、常に改善していかなければなりません。したがって、日々の運用も念頭におきながら計画を立てておく。さらに、施策の効果を定量的に説明できるかどうかもカギとなります。例えば自治体の取り組みであれば、「効果についての定量的な説明を議会に対して行い、納得してもらう」といったKPIをつくることも一案です。

失敗を恐れない、失敗を隠さない

出口 さらに1点追加しますと、大事なのは「失敗を恐れない」こと。社会実験は実験なので当然、うまくいくこともあれば失敗することもあります。いいデータがとれなかったとか、利用者がそれほど増えなかったときに、失敗だということでお蔵入りにしてしまわずに、「なぜそうだったのか?」という検証も含めて、それを成果とする。検証結果まできちんと共有して皆さんに理解してもらうことが重要です。

中村 検証をきちんと行うことは、先ほど鍛さんが言っていた「逃げないこと」にもつながってきますよね。ありがとうございます。いただいたアドバイスを肝に据えて頑張ります。

画像: 失敗を恐れない、失敗を隠さない

最後に、地域の課題解決やDX(デジタルトランスフォーメーション)に挑戦されている方々にメッセージをお願いします。

出口 まず、「デジタル化とDXは違う」ということ。デジタル化というのは、紙でアナログに行っていたものをコンピュータにデータとして入れて、将来にわたって活用できるようにすることです。DXはトランスフォーメーション(変容)という言葉の通り、それによって従来の考え方や方法が転換されることを指します。デジタル化のさらに先にあるDXをしっかり地域で議論し、イメージしていただきたい。

もうひとつ、スマートシティの取り組みを進めていくことは、その地域の仕組みや組織をつくることだという意識を持っていただきたい。スマートシティの「ビジョン・構想」と「仕組み・組織」は両輪です。スマートシティのプロセスとは、この両輪をつくりあげ、磐石なものにしていくことです。ぜひそういう意識をもって、一喜一憂せずに長いスパンで進めていただければと思います。

 地域の課題解決に取り組む方々やDXに挑戦する方々というのは、今ある仕組みを破壊していく立場になります。逆に言うと、今の仕組みがしっかりしていればしっかりしているほど壁にぶち当たる。ですから、自分ひとりで抱え込まず、チームをつくって進めていくことが非常に重要だと思います。

また、似たような課題を抱えている方は他の地域にもたくさんいるので、チームとチームとの連携も意識していただく。日立東大ラボとしても、同じ悩みを抱える人同士、地域同士の連携ができるような仕掛けや、悩みを共有できる場をつくることを、第3フェーズの取り組みのなかで進めていきたいと考えています。

出口 第3フェーズでは「ウェルビーイング」をテーマに据えています。また、東京のような大都市と地方都市とでは状況が異なるので、それぞれにおけるスマートシティの考え方や方法論を打ち出していきたい。適宜フォーラムなども開催して成果を公表していきますので、ぜひご参加いただければと思います。

中村 今日は本当にありがとうございました。

アンケート

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最後までお読みいただきありがとうございました。
日立製作所では、今後、皆さまに、より有益な情報をお届けできるよう、アンケートをお願いしております。
また、今回の記事テーマである「スマートシティ」をはじめ、デジタルを活用した価値創出や社会課題解決の取り組みにも生かしていきたいと考えております。ぜひ、ご協力をお願いいたします。

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プロフィール

画像1: 持続可能なスマートシティをどう実現する?
【後編】実証実験から社会実装へ

出口敦(でぐち・あつし)

東京大学執行役・副学長 大学院新領域創成科学研究科教授。日立東大ラボ長。柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)センター長。工学博士。専門は都市計画学、アーバンデザイン。

画像2: 持続可能なスマートシティをどう実現する?
【後編】実証実験から社会実装へ

鍛忠司(かじ・ただし)

日立製作所 研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタ 主管研究長。博士(情報科学)。専門はサイバーセキュリティおよびデジタルトラスト。

画像3: 持続可能なスマートシティをどう実現する?
【後編】実証実験から社会実装へ

中村有沙(なかむら・ありさ)

日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部 サステナブルソサエティ事業創生本部 サステナブルソサエティ第一部 兼 ひたち協創プロジェクト推進本部

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