システムエンジニアから、社会インフラの保守に当たるフロントラインワーカーまで、各領域で人手不足が顕在化している。そうした中、生成AIに期待を寄せる企業は多いが、実業務への適用がうまくいかないケースは多い。
では何がハードルとなり、どうすれば活用を高度化できるのか。自ら生成AI活用に取り組んできた知見とノウハウを基に、多数の企業を支援している日立製作所(以下、日立)。そして、日立と共に豊富な実績を積み上げてきたパートナー企業――電通デジタル、ソフトバンク、日本オラクルに、生成AI活用のリアルな現在地と課題解決のポイントを聞いた。
生成AI活用は進展 しかし新たな「課題」も
「2023年はまだ試行モードが色濃かったと思います。しかし2024年も後半に入る今、各社でユースケースが生まれ始めています」
“現在地”をこう語るのは、いち早く生成AI活用に取り組み、知見とノウハウを蓄積してきた日立の吉田氏だ。同社は現在、情報収集や資料のサマライズ、システム開発のコード生成などに生成AIを適用している。さらに、工場で使用される機器の保守といった現場作業(=OT:Operational Technology)の領域でも、トラブル事例を学習させた生成AIで不具合に対応するなど、熟練作業員が減少する中でも高品質な業務を継続できるよう取り組んでいるという。
こうした活動は日立一社で実現できるものではない。日立はAWS、Google Cloud、マイクロソフトやNVIDIAといった企業とグローバルなパートナーシップを締結。国内では「Lumadaアライアンスプログラム」を展開し、多様な強みを持つ約70社(2024年9月時点)と生成AI活用の浸透や高度化に取り組んでいる。電通デジタル、ソフトバンク、日本オラクルも加盟パートナーであり、電通デジタルとは「優れたUI/UXによる顧客体験の向上」、ソフトバンクとは「生成AIへの多様なデータの取り込み」、日本オラクルとは「AIに適した統合データプラットフォームの構築」をめざし、協創しているという。
これまで日立は、生成AI活用について多様な顧客と議論を重ねてきた。「議事録作成やドキュメント翻訳といったユースケースはある程度実現できており、今は『顧客体験の変化にどう生かすか』といったフェーズに進もうとするお客さまが増えている」(吉田氏)という。
だが、活用の高度化が進んで「RAG※により社内データの利活用を進める企業が増えた半面、回答精度の低さという壁にぶつかるケースも多い」。そう指摘するのは、ソフトバンクの石井田氏だ。
※Retrieval-Augmented Generation(検索拡張生成)の略称。LLMにない情報を利用して回答をつくる技術を指す。
「RAGで社内データを参照すれば、業務に即した形で生成AIを使えるとは限りません。『RAGの利活用にはデータの前処理が必要』。これは当社に寄せられる声からも明らかです」(石井田氏)
日本オラクルの吉川顕太郎氏も、「生成AIの活用に向けてPDCAサイクルを回せている例は少ない」と見ている。RAGなど新しい技術をうまく使えないといったスキルの問題の他、「ROIをどう評価すればいいか分からない」といった課題もあると話す。「生成AIでビジネス価値を生み出せているケースは限定的です」(吉川氏)
生成AI活用の高度化 立ちはだかる課題の乗り越え方は
生成AI活用にはまだ課題もある中、「生成AIによる顧客体験の向上」については進展が見られるようだ。電通デジタルの大木氏は「試行モードから一歩進んだ“基礎固め”の段階にいる企業が増え、活用の高度化が進んでいます。特にマーケティング領域の活用レベルは上がってきており、大きな伸びしろがあります」と語る。
「顧客体験をシンプルに整理すると『認知→関心/検討→購買→利用→継続』になります。ここに生成AIを組み込むと『関心/検討』が『関心/検討+AIとの対話』になり、さらに『AIとの相談』フェーズも生じて『購買』につながる――このような流れに進化します。CRMなどの購買履歴データを組み合わせれば潜在層へアプローチできる可能性も広がり、今まで以上にインタラクティブな会話が実現できてリピート率向上にも寄与するはずです」(大木氏)
電通デジタルは、クリエイティブの自動生成、効果の予測や改善まで行う広告出稿や、マーケティングやセールスにおけるユーザー接点の自動化、エンタメコンテンツにおける生成AI導入などを「∞AI」(ムゲンエーアイ)というブランドで展開している。同社が重視するのは優れたUI/UXと、顧客の感情にまで寄り添う「真のパーソナライゼーション」だ。電通デジタルの知見とノウハウを生かして描いた顧客体験設計を「システムの実装段階で日立にバトンとして渡し、形にした事例はすでに複数ある」(大木氏)という。
「比較的相性の良い領域は、丁寧な製品説明や検討に時間を要する高価格帯のビジネス――不動産や金融、自動車などであると考えます。他にも、データ量がありノウハウがある程度確立している企業であれば、どんな領域であれ生成AIで顧客体験を進化できるはずです」(大木氏)
日本企業の社内データ、その特性が「回答精度を下げる」
顧客体験の向上に生成AIを有効活用するには、「日頃から非構造化データをいかに適切に蓄積していくかも重要」(大木氏)だ。事実、データマネジメントは積年の課題でありながら、生成AI活用の前提条件として改めて注目されている。
石井田氏も「RAGにつまずく例が多いのは、日本企業特有のデータ内容に一因がある」と話す。「日本企業の社内データは、図や表形式が使われているケースが多く見られます。そのため、OCRでテキスト化して回答時に引用しても、質問と回答が結び付きにくいのです」(石井田氏)
解決策は「ユースケースに合わせて適切に前処理をすること」だという。これは、図はif文形式に、表組はMarkdown形式にといった具合に「LLMが理解しやすい形(=構造化データ)」に変換する作業を指す。
ソフトバンクは、構造化データへの変換の代行サービス「TASUKI Annotation」を提供している。回答精度を検証して改善点を検討し、新たにデータを作成する。このサイクルを繰り返して、納得できるレベルまで精度を高めることをめざし伴走する。日立も2024年2月、同サービスを検証してRAGによる検索精度と回答精度を大幅に改善した。構造化したデータと日立側でチューニングしたRAGシステムの基盤を組み合わせることで「正答+一部正答」の確率を100%まで上げたという。
「単体テストや結合テストをせずにITシステムをローンチできないのと同じように、データも適切な形で整形しなければ活用できません」(石井田氏)
非構造化、構造化データをどう引用するか 高まるデータプラットフォームの重要性
データがサイロ化して“データはあっても使えない”企業は多く、「データ品質を向上する」ためにはデータ管理の在り方そのものも見直す必要がある。吉川氏は「LLMだけでは限界がある以上、RAGが生成AI活用のメインストリームになるのは間違いない」と述べた上で、「データプラットフォームの整備」を勧める。
生成AIのユースケースは、ビジネスに応じて次々と新しいものが生まれる。サイロ化した状態でアプリケーションを作って個別にデータソースを管理していては、コストがかさんでROIを正当化するのが難しくなり、業務に適用する前にPoCを断念せざるを得なくなる。
「次々現れるユースケースに幅広く対応できるプラットフォームがあれば、データソースが増えても拡張、横展開が可能です。柔軟性のある統合型のデータプラットフォームを作ることで、最終的にコストを最適化できます」(吉川氏)
データプラットフォームは、非構造化のデータと各システム上で動的に更新される在庫情報などの構造化データ、その両方を扱えるのが理想だ。これに対してオラクルは「コンバージド・データベース」という概念で非構造化、構造化データを共に管理できる「Oracle Database」を提供している。
最新バージョン「Oracle Database 23ai」を利用して、日立との共同検証も行った。家電量販店を想定して「冷蔵庫の製品名と在庫数(=システム上の構造化データ)、脱臭機能があればその機能(=マニュアル上の非構造化データ)を説明してほしい」といった複合的な問い合わせに回答できるシナリオを作成可能か試した。
その結果「全データをOracle Database 23aiに保存した上で、顧客からの問い合わせ(自然言語)からSelect AI機能でSQL文(データベース言語)を生成。その後、構造化や非構造化データを、生成されたSQL文で一括検索してLLMを通じて適切な回答を自然言語で返す」という一連の流れを実現した。
共に課題を乗り越え、企業の生成AIの活用を加速する
Lumadaアライアンスプログラムによってつながり合い、共に技術検証をすることで顧客に向き合う4社。加盟しているパートナー3社は、デジタル技術を活用した日立のソリューション・サービス・テクノロジーの総称「Lumada」のビジョンに深く共感しているといい、そのパートナーシップで実現した各種実装ノウハウを多くの企業に提供していく構えだ。
では、3社は生成AI活用の今後をどう捉え、日立との協創をどう顧客に還元しようと考えているのか。
電通デジタルの大木氏は、「顧客体験の変革がさまざまな分野で進む」と話す。「金融や不動産など特に対話が重視される領域の他、幅広く広がっていくと期待しています。マーケターの業務プロセスや、考察レベルもより磨きがかかるでしょう。あらゆる業務において、顧客理解を深めることは重要です。日立との協創を発展させ、その支援に注力していきます」(大木氏)
「企業の注目は、いずれRAGからLLM自体の学習へシフトする可能性がある」と予想するのは、ソフトバンクの石井田氏だ。「その際、ハルシネーションやデータガバナンスは無視できない課題です。当社は『生成AIに使うデータを作る』ところからケアできるようなアプローチを検討していますし、日立が持つインテグレーション体制を掛け合わせることで伴走体制を強固なものにできると確信しています」(石井田氏)
日本オラクルの吉川氏は「可用性やセキュリティ、データ主権といった高い非機能要件は今以上に求められるようになる」と指摘する。「そのとき、ミッションクリティカルな分野で実績があるOracle Databaseの強みはきっと役立ちます。安心安全が重視される社会インフラを長年支えている日立と共に、この先も社会課題に真正面から取り組んできたいですね」(吉川氏)
「生成AIで、従業員やエンドユーザーの体験をより良いものに変えていく。そのためにデータやデータプラットフォームを整備することがいかに重要か」――吉田氏は、活用の高度化に関するポイントを改めて整理するとともに、「パートナーとの協創に今後も一層注力していく」と話す。冒頭で述べたように、人手不足が年々深刻化している今、生成AIの業務適用と活用の高度化は喫緊の課題だ。Lumadaアライアンスプログラムで広がり、前進し続ける生成AI活用。パートナー企業各社への相談は、日立を通じて行える。「自社における課題と方策」の解像度を高める上で、各社が強力な“伴走者”になることは間違いないだろう。
私たちが直面している社会課題は多く、年々複雑化している。本プログラムは、社会イノベーション事業を通じて社会課題解決に取り組んでいる日立が、顧客やパートナーのアイディアとテクノロジーを結集することでイノベーションを起こすことをめざし設置したパートナー制度。1社では対応できない多様な課題を、企業の枠を超えた協創によって解決に導くLumadaアライアンスプログラム。問い合わせ先、詳細はこちらを参照してほしい。
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ITmedia 2024年11月1日掲載記事より転載
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