誰もが未来にコントリビュートできるオープンな環境
― OSSとはどのようなもので、コミュニティではどういった活動をしているのですか。
OSSは、誰でも自由に利用・改良できるソフトウェアです。ソースコードが公開されているため、個人や企業を問わず、世界中のさまざまな人が開発や改良に参加できるのが特徴です。
OSSコミュニティの活動は、ソフトウェア開発が中心ですが、それだけではありません。ドキュメントの作成や、英語ドキュメントの日本語翻訳も重要な役割を担っています。また、使い方や活用方法が分からない場合には、定期的に開催されるミートアップやカンファレンスに参加することで、参加者同士が情報や知識を共有しています。これらの場を通じて、実践的な活用方法を探ることができるコミュニティとなっています。

木村将希(日立製作所 デジタルシステム&サービス AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット ハイブリッドクラウドサービス本部 プラットフォームサービス部)
― OSSの開発に取り組まれたきっかけと、OSSコミュニティにコントリビュートする意義はなんですか。
私がOSSへのコントリビューションを始めたきっかけは、“オープンソース”という考え方に強く共感したことです。クローズドな技術は発展が限られてしまうのに対し、オープンソースは多様な知見や技術を柔軟に取り入れ、持続的に改良することができます。こうした開かれた仕組みがイノベーションを生み出していることに大きな価値を感じています。
コントリビューションの意義については、“巨人の肩の上に立つ”という言葉がぴったりだと思っています。OSSの世界では、過去の多くの技術者たちが積み重ねてきた知識や成果を自由に使い、改良し、さらにその成果を活用して新しい挑戦を続けることができます。自分の小さな貢献も、誰かの新たな取り組みの基盤となり、技術や社会の発展につながっていく。だからこそ、次の革新につながるように自分なりの一歩を積み重ねていきたいと考えています。
また、OSSへのコントリビューションは技術面だけではなく、後に続く人たちがより前進できるように、イベントの開催や情報交換会など、コミュニティの環境を整えることも重要なことです。私自身、これまで社内外の多くの方々から技術的なサポートだけでなく、参加しやすい環境づくりにおいても多く助けをいただいてきました。そうした経験があるからこそ、今度は自分が仲間や社会全体を支える側に回りたいと思っています。自分自身の成長だけでなく、みんなで支え合いながら社会に貢献できることが、OSS活動の大きな魅力であり、私の原動力になっています。
“最初の一歩”を後押しするOSSコミュニティ
― OSSへのコントリビューションを始めたい人が直面する困難は何だと思いますか。
一番難しいと感じるのは、“最初の一歩”を踏み出すことだと思います。やったことがないことや、やり方が分からないことには誰でも不安や戸惑いがあります。OSSの場合は、英語でのコミュニケーション、Git*1 を使った開発プロセス、ソフトウェアのコードの理解、開発環境の整え方など、さまざまな障壁があります。だからこそ、私はこの“最初の一歩”の障壁をできるだけ減らしたいと考えています。
この障壁を下げるために、2019年より初心者向けの『Kubernetes Upstream Training in Japan』という取り組みを続けています。これは、同年にサンディエゴで開催されたKubeCon North Americaで、コミュニティへのコントリビューションを始めたい方へ説明するセッションがあり、これを日本でもぜひやりたいという想いから、他の企業の方と共同で始めました。
この活動では、Kubernetesの基本的な仕組みやプロセス、開発環境の作り方を分かりやすく解説し、実際にGitHub*2 でpull request*3 を出してマージされるまでの流れをハンズオン形式で体験してもらいます。本番に影響を与えずに安全にできる環境を使うことで、初心者でも気軽にチャレンジできるようにしています。
また、イベントでは最初の一歩を踏み出すための具体的なポイントを教えるようにしています。例えば、実際に環境をビルドして構築するだけでなく、コードを1行変更してみて、それが実際に動くことを体験できれば、次に自分が思っている変更を加えてみようという気持ちに繋がるのではというような考え方です。
トレーニングでは、受講者から技術的な質問が多く、自分がメインでコントリビューションしていない分野の質問や、普段は意識せずに進めている部分について聞かれることがあります。こうした質問に答えるために、講師同士で知識を補い合ったり、ドキュメントを調べ直したりすることが多く、自分自身も新しい発見があります。企業や組織の垣根を越えて教えることで自分も学び直すことができることが、OSSならではのオープンな知識共有の文化だと実感しています。
*1 誰でも自由に使えて改良できるオープンソースのバージョン管理ツール
*2 Gitを使ったコードの共有・管理ができるWebサービス
*3 自分が行ったコードの変更を、元のプロジェクトにマージ(統合)してもらうよう依頼する機能
オープンソースが実現する「究極のエコシステム」
― Kubernetesへのコントリビューションがどのような社会貢献につながっていると考えますか。

Kubernetesの開発を通じて、社会インフラの基盤として重要な役割を果たす機能を数多く生み出してきました。例えば、日立が提案してコミュニティと開発したブロックボリューム*4 の機能は、もともと日立のデータベースをKubernetes上で運用するために必要として開発したものです。しかし、これらの機能は私たちのユースケースだけでなく、Software Defined Storage*5 をKubernetes上で作る機能の裏側や、Kubernetesで管理されているボリュームのバックアップ・リストア処理の裏側で動いているなど、より抽象的で幅広い分野にも応用されています。こうした技術は、複数のエンジニアが連携することでさらに発展し、より大きな価値を生み出しています。
*4 クラウドや仮想環境で使えるハードディスクのようなストレージ領域で、OSからはローカルディスクのように見えるもの
*5 ストレージの管理・制御をハードウェアから切り離して、ソフトウェアで柔軟に行う仕組みのこと
日立の企業理念と究極のエコシステムな考え方
私自身が開発に携わった機能もさまざまな用途で活用され、さらに新しい価値を生み出していることに大きなやりがいを感じています。機能が広く使われることで実績が生まれ、継続的にメンテナンスや改良が行われることで、絶えず発展し続けるサイクルは、OSSならではの特徴だと思います。
このようなサイクルは、日立のビジネスにも深く通じていると感じています。「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という企業理念のもと、日立はITとOTの両分野で、多様なバックグラウンドを持つ人財が協力し合い、社会インフラを支えています。OSSへのコントリビューションも同様に、多様な分野の知識を持つメンバーが連携し、技術を通じて社会に貢献するという姿勢が、日立のビジネスの根幹と重なっています。OSSへの貢献と日立の事業は、いずれも多様性と連携を大切にし、技術と社会の発展を両立させる重要な役割を担っています。
また、日立はOSS活動に対しても、先を見据えた長期的な視点で理解を示しています。活動の価値や目的を明確に説明できれば、会社は挑戦を積極的に後押ししてくれます。すぐに成果が見えなくても、長期的な取り組みを認めてくれる環境が整っていることは、OSS活動を続ける上で非常に大きな支えになります。
日立がデジタルの力でめざす未来
― 日立は、デジタルの力を活用し、地球環境、人々の幸福、経済成長が調和する、ハーモナイズドソサエティの実現をめざしています。木村さんは、デジタルの力でどんな未来をめざしていますか。
私は、OSSコミュニティへのコントリビューションを通じて、世界中の人々とともに技術を築き上げていくことが、お客さまの価値向上につながると確信しています。オープンソースを活用することで、多様な知見や技術を柔軟に取り入れ、持続可能でより良いソリューションを提供することができます。これからも、OSSの力を最大限に活かし、究極のエコシステムで新しい価値とイノベーションを生み出していきたいです。
