今回は、鉄道の遅延や運転見合わせなどの運行情報を、駅や車内のディスプレイに分かりやすく表示し、利用者のスムーズな移動を支える「運行情報配信システム」について、事業をけん引する日立の白木光彦さんにお話を伺いました。
人の流れを捉える「人流可視化」の技術や、迷わず行動できる画面設計へのこだわり、そしてデータ活用の最前線を通じて、誰もが安心、快適に移動できる社会を支える舞台裏に迫ります。
かつてなかった「当たり前」をつくる― 日立の運行情報配信システムの挑戦
— 運行情報配信システムについて教えてください。
白木光彦(日立製作所 デジタルシステム&サービス 社会システム事業部 モビリティソリューション&イノベーション本部)
運行情報配信システムは、普段みなさんが利用する鉄道で遅延や運転見合わせが起きた時に、その状況を駅や車内のディスプレイで素早く知らせる仕組みです。今では、「当たり前」に見えるかもしれませんが、実はその「当たり前」を支えるために、たくさんの挑戦と工夫を重ねてきました。
昔は、遅延や運転見合わせが発生しても、利用者に情報を伝える手段がほとんどなく、駅員への問い合わせが殺到して、現場の負担は非常に大きかったのです。そこで2007年ごろから、「路線図で運行状況を見せる」ことに挑戦しました。デジタルサイネージがまだ普及していなかった時代に、表示のあり方そのものを一から検討しました。
めざしたのは、複雑な路線の状況を、正確に、しかも直感的に伝え、利用者が自ら判断して次の行動に移れるサービスです。「人の流れを止めない」ことが何よりも大切だからこそ、直感的に分かる路線図の画面にこだわり、利用者がすぐに状況を把握できるよう細部まで検討しました。路線図で複雑な運行情報を正確に表現するのは実はとても難しく、特定区間の運行障害を路線図で表すときには、必要な情報だけをハイライトし、余分な情報は消す。色、強弱、動き、配置など細部まで徹底的に磨き込み、直感的に情報をつかめるUI*1に仕上げています。
異常時案内画面例
実証実験を重ねて、駅員や運転士の意見を取り込み、使い勝手を何度も改善しました。その結果、駅員への問い合わせが大幅に減り、現場の負担はぐっと軽くなりました。今では遅延や運転見合わせがあっても、サイネージを見て利用者が自分で判断できるようになっています。正確で、瞬時に、分かりやすい情報——この「当たり前」を支えているのが、私たちの運行情報配信システムなのです。
長年にわたり使われ続けていることに、大きな誇りを感じています。日々の通勤・通学や、週末の外出といった日常の安心を、見えないところで支えている。そうした社会の当たり前を守る仕事は、決して派手ではありませんが、とても価値のある仕事だと思っています。
*1 人が機械やアプリを操作するための画面や操作部分
大阪・関西万博での新たな取り組み
万博交通情報システム——「まとめて見える」で迷わせない
— 2025年日本国際博覧会(以下、大阪・関西万博)での新たな取り組みについて教えてください。
大阪・関西万博では、複数の鉄道やバスの運行情報をリアルタイムで一元管理し、スマホやWebで「ひとつの路線図」として確認できる仕組みを整えました。これまで大阪市周辺の鉄道情報を調べるには、各社の情報がバラバラで、サイトを何度も行き来する必要がありました。それに、今回の大阪・関西万博の会場の夢洲はアクセス経路が限られていて、人が一気に集中すると安心・安全な輸送の確保が難しくなります。
そこで、万博交通情報システムで各社の運行情報をリアルタイムで収集し、万博公式サイトから見られる専用Webページに掲載しました。来場者は複数の交通手段の運行状況を一度に比較でき、状況に応じて最適な手段を選択できます。その結果、移動時の迷いが減り、快適でスムーズな来場につながりました。
また、道路の混雑状況をもとに所要時間の予測も案内しました。例えば「新大阪から夢洲まで通常30分のところ、現在の混雑状況では50分かかる見込み」といった具体的な目安を示すことで、バスの遅れ傾向やスムーズさを分かりやすく伝えられるようになりました。
鉄道とバスの情報を横断的に見える化することで、利用者は現状をひと目で把握し、よりよい移動判断ができる。その想いを公益社団法人2025年日本国際博覧会協会さまと一緒に形にしたのが、この万博交通情報システムなのです。
人の流れを先読みする——大阪・関西万博を支えた「人流予測」の現場
もう一つの挑戦が、「人流予測」です。目的は、利用者がストレスなくスムーズに移動できるようにすることでした。AIで来場時・帰宅時のどの時間帯に人が動くのかを予測し、輸送機関の輸送能力と照合して、安全に移動できる状態かをモニターし、分析する。そのためのシステムを提供しました。
正確な人数を把握するため、複数のシステムを連携しています。まず、入場券の予約情報から来場日時や利用ゲートを把握し、各ゲートのカメラ記録とリアルタイムで連携します。これに加えて、自家用車やシャトルバスの予約情報、各交通事業者さまの計画ダイヤと実際の運行情報を重ね合わせ来場時・帰宅時の混雑ピークをAIで予測しています。
一方で、カメラによる人数計測には一定の誤差が生じるため、QRコードによる入場実績や駅改札の通過データなどの出入情報と突き合わせることで補正を行い、人数把握の精度を高めています。
さらに、前日までの実績データをもとに予測モデルを毎日更新しています。統計データを基盤としつつ、日々の移動実績から曜日や時間帯ごとの需要パターンをAIで分析し、天候やイベントなどの外部要因も取り込むことで、予測精度を継続的に向上させています。
ポイントは、「需要」と「供給」を数値として捉えることです。いつ、どれくらいの人が動くのかという需要に対して、残りの電車本数や編成、バスの台数、道路状況から、どれだけ運べるのかという供給を算出します。計画情報と運行情報を束ね、輸送能力を時系列で見える化することで、予測が供給を上回りそうな時間帯には、誘導や迂回の案内を前倒しで出せるようになります。
こうした取り組みは、大阪・関西万博に限ったものではありません。人の流れを可視化し、状況を的確に判断につなげていくことは、今後の社会において一層重要になると考えています。「人流予測」の取り組みを通じて、混雑の緩和や円滑な移動を支え、日々の移動における「安心・安全」に貢献していきます。
人流分析画面例
AI係員×人流予測で都市の移動を支える
— 日立は、デジタルの力を活用し、地球環境、人々の幸福、経済成長が調和する、ハーモナイズドソサエティの実現をめざしています。白木さんは、デジタルの力でどんな未来をめざしていますか。
次の一歩として取り組むのが「AI係員」です。駅や空港における係員の業務を補完し、混雑時の経路案内や振替提案、多言語対応、バリアフリー経路の提示まで、その場で必要な情報を分かりやすく届けます。利用状況や時間帯、イベントなどの傾向を学習し続けることで、案内の質も進化させることが可能です。
さらに、「人流予測」と組み合わせれば、駅構内だけでなく都市全体の需要と供給を“天気予報のように”先回りで把握でき、混雑の回避や分散誘導も実現できます。
私たちがめざすのは、鉄道にとどまらず都市の移動全体の移動の安心・安全を支える仕組みです。AI係員や人流予測など、デジタルの力で社会課題を解決し、次の「当たり前」をつくっていきます。











