生成AI市場におけるプレイヤーが増え、AIの選択肢が広がっている。ビジネスに合わせて適切なAIを選び、現場に導入する企業は今後ますます増えると予想できるが、その先駆者と言えるのが日立製作所(以降、日立)だ。日立は2023年5月に、自社のAI活用だけにとどまらず、AIを生かした社外との協働も担う「Generative AIセンター」を設立し、生成AIへの取り組みを加速させている。
本記事では、日立のGenerative AIセンターでセンター長を務め、生成AIの取り組みをリードしている吉田順氏が登壇したアイティメディア主催オンラインイベント「ITmedia DX Summit Vol.20」(2024年5月13日~15日)の講演内容をレポート。日立グループにおける生成AI活用の最前線や、読者諸氏が生成AIを使って業務効率化などにつなげるヒントを解説する。
日立製作所 Generative AIセンター センター長
兼 Chief AI Transformation Officerを務める吉田順氏
ITmedia DX Summit Vol.20では講演タイトル「生成AIで業務はどう変わるか?日立が実現するAIトランスフォーメーション~Generative AIセンターの実践を交えて~」にて登壇した
プロが語る、「生成AIが効果を発揮する4パターン」とは
前述したGenerative AIセンターにはデータサイエンスやAI研究者、ITエンジニア、セキュリティなど各部門のスペシャリストが所属する。日立グループ内における生成AI利活用の推進や、グループ内での生成AI活用のナレッジ、ノウハウを生かしてパートナーや顧客の支援も行っている。
吉田氏によると、まず取り組んだのがガイドラインの整備だ。生成AIは活用できる領域が非常に広い分、著作権の侵害や情報漏えい、倫理的な問題などさまざまなリスクに注意する必要がある。そこで、生成AIをどこまでであれば使ってよいかなどを示すガイドラインを従業員向けに作成した。生成AIの用途ごとに利用範囲を定めて、利用する際の申請の流れや規則、注意点などをまとめている。
こうした地ならしをした上で、次は社内外の有識者と議論しながらユースケースの創出へと進めた。吉田氏は講演で、生成AIの代表的なユースケースとして4つのパターンを例示した。
1つ目が文書(テキスト)の生成だ。議事録や契約書類の作成、コールセンターにおける問合せ対応の回答作成など非常に幅広い領域で活用できる。
2つ目が質疑応答やロールプレイング。チャットbotやAIアバターが分かりやすい例だ。言語の理解や文書作成能力に、より優れている生成AIの活用で、これまでよりも柔軟な質疑応答が可能になりヘルプデスクやコールセンターの無人化、効率化に効果を発揮する。
3つ目が文書の分類、整理だ。データベースから情報を調べたいとき、生成AIを使えばキーワード検索やデータ抽出、トピック分類も自動化できる。社内に点在するナレッジの有効活用や開発部門における特許、技術文書の調査などに応用できるだろう。
4つ目が文書のチェック、判定。吉田氏によると、生成AIは文書の比較が得意であり、契約文書や社内規定のレビュー、手直しが必要な箇所の特定などが大いに効率化するという。
日立の生成AIを活用した、フロントラインワーカーの生産性向上への取り組み
講演では、実際に日立グループで生成AIをどう使っているかにも話が及んだ。
日立は生成AIを活用し、現場で働くフロントラインワーカー(営業部隊や工場の作業員、コールセンターオペレーターなど)の生産性向上に取り組んでいる。まず例として挙がったのが「営業力の強化」への応用だ。新規顧客にアプローチする際のリサーチや報告書作成において、あらかじめ作成したプロンプトに顧客名を入力する。すると、マーケティング分析や想定できる経営課題、解決案などを生成AIが自動で作成してくれる。これによって顧客リサーチの工数を9割以上も削減できたという。さらに、アンケート結果の分析においても、データを生成AIにインプットすることでコメントの要約を自動化し、9割以上の工数削減を実現した。
コールセンター業務でも活用が進んでいる。問い合わせに対する想定回答の作成や技術部門への取り次ぎを減らす面で効果を発揮しており、それぞれ2割前後、オペレーターの業務を削減できる見込みだ。
一方で注意が必要なのは「生成AIは『“もっともらしい”うそをつく』」(吉田氏)ことだ。誤った情報をあたかも事実であるかのように回答する(=ハルシネーション)リスクがある。そこで自動応答での活用では、生成AIにとってどれくらい自信のある回答かを示す「確信度」という指標を用いている。
「生成AIは、ユーザーからのインプットがあいまいなときに誤った情報を出しやすくなります。そこで、ユーザーからの質問があいまいな場合は、あらためて新しい情報をインプットしてもらうシステムを開発しました。その上で確信度も用いて、スコアが低い回答は出さないことでユーザーの体感的な『AIの正答率』を向上させています」
「人の目」に頼っていた業務も徐々に置き換え 他社との協働も進む
ソフトウェア開発では、ソースコードの生成や開発に用いるドキュメントの作成に生成AIを使っている。あるシステムに何か機能を追加したい場合に、要件を生成AIにインプットすることでソースコードを出力できる。日立グループが扱うシステムは非常に大規模でミッションクリティカルなものが多い。そのため生成したコードをそのまま利用するまでには至っていないものの、2027年までに同業務の生産性を3割向上させることを目標にして取り組んでいる。
吉田氏はシステム障害時の対応や保守業務の高度化も例に挙げた。これらの業務は人力に頼る部分が大きく、必要なノウハウやナレッジも相応に多いため、人手不足の解決に向けた効率化が急務となっている。そこで、異常があると生成AIが原因や解決策を自動で特定したり、設備の異常を尋ねると、対話形式で設備の状況を回答したり、自動で障害報告書を作ったりする仕組みを広げている。
「設備の保守ではスマートフォンやキーボードを操作することが難しい環境も多く、対話形式のニーズは非常に高いと考えています。もちろん生成AIは間違えることもあるため、最終的には人の目で確認する必要はありますが、今後も業務にどんどん取り入れていきたいと考えています。少し先の未来ですが、圧縮機のような機械そのものが言葉を使って保守員と会話し、メンテナンス効率の向上をめざす『話す機械』も、実現に向けて取り組んでいます」
このようなグループ内の取り組みだけでなく、他社を巻き込んで協働している点も特徴的だ。2024年2月には、名古屋鉄道(名鉄)と共に生成AIによる社内文書の有効活用に向けた実証実験に関するプレスリリースを発表した。同年3月には三菱HCキャピタルと連名で、三菱HCキャピタルの従業員を対象にした生成AIによる業務効率化や新規事業創出に関する発表も行っている。
「笛吹けども踊らず」にしないために
ここまで、日立グループでの取り組みを中心に生成AIの活用ケースや可能性を紹介した。だが多くの人が気になるのは、自社でどう活用するかだろう。この点について吉田氏は「最初は多くの人が使っていたものの、時間がたつにつれて使われなくなるケースが非常に多い」と指摘する。
では、企業で生成AIを「しっかり使われる」ものにするにはどうすべきか。吉田氏はいくつかのポイントを挙げる。
まず重要なのは、経営トップが生成AI活用に関するメッセージを打ち出すことだという。いつまでにどのような成果を出すかといった目標を発信することで、活用する機運が高まっていく。
「笛吹けども踊らず」にしないためには、業務プロセスで使うシステムに生成AIを組み込んだり、メールや議事録の作成、アイデア出しといった日常的な業務の中で自然に使う環境を構築したりすることも有効だという。システムや業務に組み込んだ後も、使いやすさなどを意識して改善を続けることが重要だ。
「生成AIを使う上でネックとなるのが、より良いアウトプットを得るためのプロンプトです。プロンプト次第でアウトプットのクオリティーは大きく変わりますが、なかなか覚えるのは大変なものです。そこで、例えば議事録の作成であれば、ユーザーサイドは音源やテキストを入力するだけで済むUIにして、アプリでプロンプトを最適化し、簡単にクオリティーの高いアウトプットを得られるようになれば、使いたいと考えるユーザーも増えるはずです」
プロンプトとともに“あるある”なのが、社内用語だ。どの企業も自社ならではの言葉遣いや固有名詞などがあり、生成AIを使う上では無視できない点だが、アプリに社内用語と一般的な用語の対応表を入れておくといった対応を取ることで使いやすさが格段に上がる。
利用者を増やす最後のポイントとして、吉田氏は社内外への情報発信を挙げた。社内のポータルに生成AIの活用例や従業員インタビューを載せることで興味を持つ人が増え、ナレッジの蓄積にもつながる。研修や勉強会で、とにかく使ってもらう接点作りをすることも有効だろう。
吉田氏は「目的志向型のアプローチ」の重要性にも触れた。グループ内や顧客との議論の中で生成AIをテーマにする際、先進的なものであるが故に「どのような技術なのか」「どこで使えるのか」といった点に終始することも多く、そこから実際の活用へとなかなか進まないケースがあるのだという。重要なのは、目的志向だ。
「『どのような課題があるか、何を解決したいか』という目的志向から入って生成AIと向き合えれば、自然と使い方の道筋も見えてくるはずです」
日立は、こうした目的志向による生成AIへのアプローチだけでなく、生成AIを活用するための環境構築・運用支援やコンサルティングなど、さまざまなサービスを通して企業活動のトランスフォーメーションに取り組んでいる。本記事で解説した通り、生成AIはさまざまな場面に活用でき、その効果も絶大なものだ。気になった人はぜひ、日立に問い合わせてほしい。
関連リンク
ITmedia 2024年5月31日掲載記事より転載
本記事はアイティメディア株式会社より許諾を得て掲載しています
企業の成長をドライブする“自己変革力” (itmedia.co.jp)