現在も、多くの企業が道半ばであるDX推進。その取り組み内容と成果を評価する「DX銘柄」および「DXプラチナ企業」に選出される企業は、何が違うのか。日立製作所の取り組みから、DX推進の最適解を探る。
2024年5月、経済産業省や東京証券取引所らが選定する「DX銘柄2024」の「DXプラチナ企業2024-2026」に、電気機器業種として初めて日立製作所(以下、日立)が選ばれた。DXプラチナ企業は「3年連続でDX銘柄に選定、過去にDXグランプリに選定された企業のうち、傑出した取り組みを継続している企業」が選定される。
日立の場合、デジタル技術を活用したソリューション・サービス・テクノロジーの総称である「Lumada」による顧客と社会の課題を解決するための取り組みや、DX実現に向けた人財確保・育成、それを通じた企業文化変革の取り組みが評価されたという。
多くの企業が局所的なデジタル化、いわゆるデジタイゼーションにとどまりがちな中で、こうした全社的な取り組みを実現・継続するのは簡単ではない。特にDXは技術とともに、マインド、組織の在り方が絡むテーマであるだけに、規模が大きくなるほど実践が難しくなるという側面もある。
では、多様な事業領域を持ち、グループ全体の連結社員が26万人を超える日立はどのようにDXを推進したのか。先導者である貫井清一郎氏(執行役常務 CIO兼ITデジタル統括本部長)に、これまでの歩みと取り組みの要諦を聞いた。
デジタル技術で「社内外の付加価値を高め続ける」日立のDNA
「DXは、事業成長や顧客・社会に貢献するという目的を達成するための手段です。そのためDX推進には全社員が一丸となった取り組みが必要です。日立にとってDXは道半ばですが、今回の選定によってその歩みを評価してもらえたことに勇気づけられています」
貫井氏はDXプラチナ企業に選定されたことについて、「率直に、大変うれしい」と述べた上でこのように語る。
「日立では経営戦略にITが深く組み込まれており、ITとOT、プロダクトを組み合わせたビジネスを強みにしています。今回の選定では、それらのケイパビリティーを高め続けることで、社内のDXを推進するとともに、その成果を基に顧客や社会に新しい価値を提供してきたことをご評価いただけたのではないでしょうか。デジタル技術で社内外の提供価値を高めることは、日立のDNAに深く刻み込まれています」
日立のDXの源流は、2009年の経営危機をきっかけとした事業変革にある。同社は、事業改革やプロセス改革に取り組みながら社会イノベーション事業を軸にしたポートフォリオの再編成を推進し、企業の付加価値を高めてきた。その流れを加速させるためにデジタル技術を活用したことで、「ごく自然に日立の変革に(デジタルの力が)合流し、DXの取り組みにつながった」(貫井氏)という。
「One Hitachi」という考え方も大きな流れの一つだ。
「ポートフォリオを再編成する中で、多数の事業間でシナジーを生むために“One Hitachi”でビジネスを拡大していこうという考えが生まれました。しかし当社は従来、事業ごとにPDCAサイクルを回す体制になっており、それぞれにERPやマーケティングの仕組みがありました。情報連携が希薄だったのです。One Hitachiとして顧客や社会の課題を解決するためには、世界中に散らばっている事業のデータを共有する情報基盤が必要です。そのためにもDX推進が欠かせませんでした」
「自社をDXの実験場に」 実践者としての歩み
以上が日立のDX推進のアウトラインだ。その背景も含めて俯瞰(ふかん)すると、DX推進において課題になりがちなポイントが既に複数含まれていることが分かる。まずDXの取り組みで最も重要なのは「データ」だ。だが、データと組織は密接に結び付いており、技術的な問題も含めて多くの企業がデータサイロに悩まされている。この点は日立も例外ではなかった。
「執行役社長 兼 CEOの小島啓二が先導する形で、グループ全社に『グローバルデータガバナンス規程』を適用しました。規程には『(自社の)データは全て積極的に提出する』という基本ルールが設けられています。フレッシュなデータをリアルタイムに集め、それを全社的に活用するための取り組みは、DX推進の努力の約6割を占めています」
企業や部門を横断したデータ収集には、「データを出したくない」といったセクショナリズムの問題も付きまとう。この点についても貫井氏は、「トップである小島が自ら、データガバナンス基準の一つとして“日立の方針”を示したことに意味があったと思います。皆が前向きにデータを提供し合える環境(文化)をつくったことが、現場からのスムーズなデータ収集につながったと考えます」と話す。DXは技術や制度・ルールだけで推進できるものではないことがあらためてうかがえる。
こうして集めたデータを基に進められた日立の社内のDXには、3つのミッションがある。1つ目は「DX of Hitachi」。「自社を実験場としたDXによる社内改革」を指しており、
- ・マネジメントエクセレンス
- ・オペレーショナルエクセレンス
- ・エンプロイーサティスファクション
――という軸があると貫井氏は話す。
「マネジメントエクセレンス」は「経営に対する情報提供の高度化」を意味し、マーケティング、顧客、事業の情報を集めてダッシュボードでいち早く提供する。「オペレーショナルエクセレンス」はRPAやアナリティクス、生成AIなどを活用して、調達、財務経理、人事などの業務効率化をめざす。「エンプロイーサティスファクション」は社員の生産性と満足度の向上を目的に、業務内容やコンテキストが異なるせいで煩雑になりがちなグループ企業間、部門間のコミュニケーションをデジタルの力で円滑にする。
貫井氏が意識しているのは、社員の「半径5メートルの仕事」と「エンド・ツー・エンドの仕事」に対するアプローチを分けて考えることだ。
「半径5メートルの仕事は、いわゆる『DXの民主化』の世界です。ツールや教育プログラムを用意して“白帯~茶帯”のDX人材を育てることで個々人の業務の効率化を進めます。エンド・ツー・エンドの仕事は“黒帯”の人材が連携する世界です。ITのプロフェッショナルが連携して明確な目標を定め、半年~1年のプロジェクトで長期的な改善に取り組みます」
デジタイゼーションとデジタライゼーションでは、求められる視点やスキル、取り組みの規模やスコープも異なる。それを前提とした取り組みを設計しているわけだ。また、貫井氏は「一連の取り組みの中で、IT部門はレスポンスの速さを重視しました」と話す。新しいツール導入の申請に対する回答は、45日かかっていたのを2日に短縮した。セキュリティ/コンプライアンスに気を配りながら、使いやすいツールを柔軟に使ってもらうための活動も併せて行ったという。
IT部門がリクエストに即座に応えることで、社員の変革へのモチベーションを妨げない。一方的にツールを押し付けるのではなく、IT部門が適切にサポートすることで安全かつ柔軟にツールを選び、使える環境を整える。結果として、同社はRPAで累積約72万時間(2023年度末現在)の業務を削減するなどの成果を出している。
「IT部門は“エンドユーザーという顧客”を持つサービス提供者です。企業としてのルールを社員に意識させることなく、柔軟なツール活用を促すことがDXを成功させるポイントかもしれません」
自社の経験や成果を「顧客や社会へ」 DX、3つのミッションのつながり
日立のDX、2つ目のミッションは「DX by Hitachi」だ。DX of Hitachiで培った社内のDXのノウハウを基に、各事業で新しい価値を創出して顧客や社会課題の解決に役立てる取り組みを指す。エレベーターや鉄道車両の稼働状況の把握などは、まさにITとOTのケイパビリティーを強みに社内DXを進めてきたノウハウが生かされている。
3つ目は「DX with Hitachi」。顧客やパートナー企業と共に新しい価値を創出・提供する取り組みを指す。例えば「鉄道の運行状況のデータを顧客から預かって日立が分析することで、最適化されたダイヤグラムを提案する」といった支援が挙げられる。協創することで「顧客の顧客」「その先にある社会全体」への貢献をめざす。
すなわち、DX of Hitachiで得た経験や成果は全て、DX by Hitachiによって顧客へ、DX with Hitachiによって社会へと還元する。これは「事業を通じて顧客と社会の発展に寄与してきた」1910年の創業時から続く“日立の基本スタンス”でもある。冒頭での貫井氏の言葉通り、いかに時代が変わろうとも「技術で社内外の提供価値を高めることが日立のDNA」というわけだ。
貫井氏の視線は常に顧客と社会に向いている。DX推進の前提として「データを一元化」できた理由も、全社員が「自部門の事情」ではなく「真の目的」を見据えていたからこそ、そうした視点をトップ自ら示したからこそだろう。DX推進で最も留意すべきは、こうした企業としての一貫性なのではないだろうか。
「最新=最善ではない」 IT部門として真に必要な手段を見極め「変革の旗振りを」
多くの企業が関心を寄せる生成AIについても、2023年にGenerative AIセンターを設置して活用を推進している。「AI研究者やIT部門、セキュリティや法務などその領域のスペシャリストが同センターに集結し、グループ全体で生成AIの導入体制を整備しています」(貫井氏)。現在は、顧客接点、デリバリー効率化、リスクマネジメント、社内向けフロントワーカーの効率化という4つの適用領域での導入を検討しているという。この取り組みも、顧客、社会へと還元されることは言うまでもない。
貫井氏は今後の事業目標として「脱炭素社会実現への貢献」を挙げる。
「これまでの製造やマーケティングといった既存事業の領域でお客さまに貢献するだけでなく、GX(グリーントランスフォーメーション)やSX(サステナビリティトランスフォーメーション)領域でもデジタル技術を使って付加価値を提供できると考えています。日立自体が自社の生産ラインでCO2排出量削減などを進めているため、そこで培ってきた各種センサーによる測定方法や削減のノウハウなどを提供する考えです」
日立は、2050年までにバリューチェーン全体でのカーボンニュートラルを実現することを掲げている。そして、2030年までには自社の事業所でのカーボンニュートラルを実現する必要があるという。
貫井氏は最後に、DX推進者にエールを送る。
「DXは温故知新です。最先端の技術だけに目を奪われることなく、あくまで目的起点で最善の手段を見極めることが重要です。日立も試行錯誤を繰り返しながら今日に至ります。そうした社内実験の成果を基に、皆さまと価値を協創していきたいと考えています。日立としては協力を惜しみません。DXを推進する立場の方には、ぜひ臆することなく“真の目的”に向けて変革の旗を振り続けていただきたいですね」
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ITmedia 2024年8月5日掲載記事より転載
本記事はアイティメディア株式会社より許諾を得て掲載しています
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