
左:吉田順氏(日立製作所 デジタルエンジニアリングビジネスユニット Data&Design本部長 兼 Generative AIセンター センター長)
右:平野未来氏(シナモンAI 代表取締役社長CEO)
生成AIやAIエージェント技術の進化に伴い、企業のAI活用も本格化している。今後、企業はどのような戦略でAIと向き合うべきか。本稿ではAIベンチャーのシナモンAIが開催したオンラインセミナー「2025年のAIトレンド」からそのヒントを探る。
セミナーの基調講演には、シナモンAIの平野未来氏と日立製作所(以下、日立)の吉田順氏が登壇。両者それぞれの観点で「2025年のAIトレンド」を語った。企業におけるAI活用のユースケースや課題、AIエージェントのトレンドや将来展望とは?
日立がみる「2025年のAIトレンド」 AIエージェントへの注目が急上昇
日立は人財不足の解消を主軸に、社内のさまざまなシーンに生成AIを取り入れている。ユースケースはすでに1000件以上。日立社内で培ったナレッジやノウハウを顧客向けのサービスに生かしているという。
「戦略策定や計画を行うコンサルティング、大規模言語モデル(LLM)構築や改善、AIシステム構築や運用サービスなどをトータルソリューションとして提供しています。社会課題への取り組み姿勢や ITベンダー・ユーザー企業の両方の視点 、複数のLLMを生かした提案力、リスクマネジメントの確実性などについてお客さまから高い評価をいただいています」(吉田氏)
吉田氏は、2025年のAIトレンドを5つに整理した。1つ目は「AIエージェント」の広がりだ。AI活用は今、質問を投げて回答を得るシンプルなチャットbot型から、人の作業を代行できる「自律型」へ移行しようとしている。「2025年になってから“エージェント”という言葉を聞かない日はないほど、AIエージェントへの注目度が高まっています」。
主なユースケースに情報検索エージェントがある。利用者が「2024年の売り上げが5%向上したら最終利益はいくらになるか」といった質問をすると、検索クエリを自動作成してWebサイトや社内データベースから情報を得てデータ分析や予測をする、といった一連の作業を自動的に行うという。
日立でも「『システム機能調査エージェント』のPoCを進めている」と吉田氏。システムの開発・保守における改修や障害の影響範囲を調べる際に「システムAの改修に影響するシステムは?」といった質問をすると、設計書や業務の要件定義、回答書、会議ログを検索して結果を返すというものだ。製造現場向けに「製造設備保全支援エージェント」も開発した。若手作業員の支援を目的としたもので、設計図面をOT(Operational Technology)データ、分析プロセスをOTスキルとして学習し、障害状況に対して原因や対策を回答する。

「システム機能調査エージェント」の例(提供:日立資料より抜粋)
進む「本番環境への適用」 ROIをどう評価するか
2つ目は「実業務でのAI活用の本格化」だ。「生成AIを本番環境に適用するに当たり、ROIや成果が問われる段階に入ってきている」と吉田氏は語った。日立でも複数の成果を得ている。システム開発では、生成AI開発フレームワークを利用することでコーディングの工数を30%削減。カスタマーサービスや保守業務では、社内向けサポートデスクにおける問い合わせ受け付けの総対処時間を69%削減した。
「PoCで生成AIを試し、学ぶフェーズは2024年で終了しました。2025年は多くの企業が実業務でのAI活用を広げ、効果を得る流れが強まるとみています」
3つ目は、「トップラインへの拡大」。これは「コスト削減から収益拡大に向けた取り組みが加速すること」を意味する。オフィスワーカーやシステム開発の生産性向上などが代表的なコスト削減事例だが、今後はマーケティングコンテンツの生成やAIコンシェルジュによる次世代接客、顧客体験のパーソナライズ化などの取り組みが本格化するという。
「アパレル業界の事例として、デジタルサイネージを店頭に設置してAIアバターが接客するケースがあります。アバターは多国語対応による自由対話などの機能を備えており、訪日外国人の増加と人財不足が並行する中で接客サービスの向上を実現します。導入した店舗は新たな接客形態による売り上げの影響を確認できており、銀行や保険、不動産といった領域にも広げられる事例です」
暗黙知の取り組みで技術伝承に「進展」 UXデザインの重要性も高まる
4つ目のトレンドは、熟練者のノウハウを継承する「暗黙知の取り込み」だ。
「日立は製造、電力、鉄道といった分野の社内文書を生成AIに学習させ、ノウハウや技術の継承に取り組んできました。その中で、熟練者の頭の中だけにあるような文書化されていない暗黙知が想像以上に多いことが分かってきました。現在はITとOTの領域で、形式知と暗黙知の両方を学習したAIエージェントに人の作業を代行させています。現在は、AIエージェント同士を連結してマルチエージェント化し、新たな形式知を生み出してそれをまたAIエージェントに学習させるといったサイクルを回しているところです。これらによってフロントラインワーカーの生産性向上をめざしています」

形式知だけではなく、文書化されていない暗黙知もAIに学習させる(提供:日立資料より抜粋)
最後は「UXデザインの重要性」。これは生成AIを現場に適切に定着させるための取り組みを指す。コンタクトセンターを例にすると、生成AIの導入が「人員削減」への恐れを生み、従業員からネガティブな反応が起こることもある。
「単にAIを導入して効率化すればよいのではなく、それを使う人の心理面を考慮すること。その上で人に寄り添うUXをデザインすることが今後ますます重要になります」
AIエージェントが広がれば、今まで以上に自動化が進むだろう。しかし、どこまで人が作業してどこからAIに任せるべきか。この適切なバランスは2025年の課題の一つになりそうだ。
「自律的に判断してアクションを起こす」 AIエージェントは何がすごいのか
続いて登壇した平野氏は、吉田氏の講演を受けてAIエージェントについてこう解説した。
「AIエージェントは、LLMを使用して目標を達成するために自律的に機能するシステムです。生成AIとの違いは『判断すること』『自律的にアクションすること』です。すでに金融や製造、通信などの業界で利用され始めています」
AIエージェントには、ワークフロー内で定義したプロセスに従ってタスクを実行する「エージェントワークフロー」がある。これはRPAと比較されることも多いが、「RPAがルールベースであるのに対し、AIエージェントはプリンシプルベース」だと平野氏は語り、続けた。
「スケジュール調整の自動化を例にすると、RPAは『9時から11時までは会議を入れないで』といったようにルールを作る必要がありました。これに対し、AIエージェントは『9時から11時までは会議を入れないで。でも、重要な会議は例外として入れてよい』と伝えると、自律的に考えて調整できます」
シナモンAIがみる「2025年のAIトレンド」 AIエージェントで「超高速DX」
平野氏が挙げた2025年のAIトレンドは4つだ。
1つ目は、AIエージェントによる「DXの超高速化」「誰でもDX」。人の判断が求められる保険のアドバイザー業務といった複雑なタスクを、エージェントワークフローで自動処理する仕組みを構築する場合、「以前ならPoCレベルで7~8人のチームを作る必要があり、完成まで2~3カ月かかっていました」(平野氏)。しかし最近のエージェントワークフローはノーコードで作成できるため、エンジニアリングの知識のないメンバー1人が約2時間で作成できるという。
2つ目は「自律エージェントよりもエージェントワークフロー」。AIエージェントには、前述したエージェントワークフローのほか、自律エージェントがある。前者は決められたフローに従って動作するため単純なタスク(給与計算や契約書レビューなど)に向いている。開発コストが低い上に回答精度が高い。後者は処理フローに柔軟性を持たせられるため複雑なタスク(クレーム対応や企画の壁打ちなど)に対応できるが、開発コストが高い。
「2025年、本格的に導入が進むのはエージェントワークフローだと考えています。その後、自律型エージェントがさまざまなエージェントワークフローをラッピングする形で広がるのではないでしょうか」

エージェントワークフローは、さまざまな業界でユースケースが生まれ始めている(提供:シナモンAI資料より抜粋)
3つ目は「つなぎ役としてのエージェント」。企業規模が拡大すると情報のサイロ化は避けられない。今後はAIエージェントが組織間の“つなぎ役”となり、情報のサイロ化を解消する役割を果たすという。
「人による情報伝達には限界があり、全てを適切に共有するのは現実的ではありません。その点、情報の判断と自律的なアクションを得意とするAIエージェントは、適切な情報を適切な組織に伝達する役割に適しています。AIエージェントが組織の“つなぎ役”として機能すれば、効率的な情報共有が可能になるはずです」
今が「大きな社会変革の前夜」 新たな局面に突入した2025年のAI
4つ目は「AIの地政学的影響」だ。2025年1月に開催された「世界経済フォーラム」(ダボス会議)に平野氏が参加したところ、「2024年は生成AIの良しあしに関する議論が中心でしたが、2025年はAIをどうインプリメントするか、規制をどうするかなど実用化を前提とした議論が大半でした」。
「AIは電気のようなインフラになる」(Microsoft)、「私たちは人間をマネージする最後の経営者になる」(Salesforce)といった参加企業の発言も受けて、「社会変革が起きる前夜にある」ことを改めて実感したと平野氏は語った。
生成AIやAIエージェントは事業の在り方を大きく変える可能性のある技術だ。それだけに人や社会、世界に与える影響は計り知れない。
セミナー後半のディスカッションでは、「グローバルでは『人がAIに合わせる』が、日本では『AIが人に寄り添う』ことが大事」「トップダウンとボトムアップ両方の推進が大切」など実践者ならではのアドバイスも聞かれた。日立やシナモンAIというリアルな知見と実績を持つ伴走者の力を借りながら、2025年はAIトランスフォーメーションを一層加速させてはいかがだろうか。
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ITmedia 2025年03月06日掲載記事より転載
本記事はアイティメディア株式会社より許諾を得て掲載しています
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