近年急速に発展した生成AIへの人々の興味は「現実的な活用と効果」へと移行し始めている。しかし、AIの「業務への適用方法」やそのインパクトに対する解像度はまだ低い。
現在、AIはどこまで進化しており、私たちの業務や生活をどう変えようとしているのか。多様なパートナー企業と共にAI活用をリードしている日立製作所(以下、日立)の吉田順氏と、カスタマーサクセスの領域で協力関係を築いている電通デジタルの山本覚氏が語り合う。
「正解に向かう」日立、「正解を探す」電通デジタルの協業

吉田順氏(日立製作所 Generative AIセンター センター長 兼 Chief AI Transformation Officer)
──両社の関わりを教えてください。
吉田: 日立は2016年からLumada※
を通じた協創アプローチと社会課題の解決に取り組んできました。現在は「Lumadaアライアンスプログラム」の下、多様な強みを持つパートナー企業と一緒に課題解決に取り組んでいます。その一社が電通デジタルさんです。消費者(以下、生活者)向けの顧客接点に関する取り組みについて、主にフロント部分を担っていただき、われわれがバックエンドの仕組みを担う形で協業しています。
※デジタル技術を活用した日立のソリューション・サービス・テクノロジーの総称。
山本: 電通デジタルはクライアント企業と生活者のより良い接点を作ることを事業の主軸としています。2024年7月ごろから、顧客接点に関して日立さんと何か企画ができないかという話が持ち上がり、以降さまざまな取り組みを推進しています。
──日立のイベント「Hitachi Social Innovation Forum 2024 JAPAN」では、両社で開発した対話型AIを展示していましたね。
吉田: エンタテインメント企業LDH Japanに所属するパフォーマーで、地方創生にも取り組んでいる橘ケンチさんとのコラボですね。当社の創業の地である日立市でSociety 5.0の実現をめざしたプロジェクトが進行中なのですが、生成AIなどを使って新しい取り組みができないかと可能性を探る形で、電通デジタルさんと連携しました。日本酒に造詣の深い橘ケンチさんに日立市の酒蔵やお食事処を訪問いただき、そこでの音声や映像を基に生成AIに日立市の魅力を学習させ、対話型AIを開発いただきました。イベントでは、来場者とのリアルタイムな対話で日立市の魅力を紹介でき、新しい体験価値を提供できたと思います。日立には27万人の従業員がいますが、このような柔軟な発想はなかなか出てきません(笑)。

山本覚氏(電通デジタル Chief AI Officer 兼 執行役員)
山本: 逆に私は、行政との接点や街づくりへの考え方など、電通デジタルにはない発想が日立さんにはあると感じました。協業する中で「将来的には市民の声や意見を集めていこう」という日立さんからの提案がありましたが、「市民と一緒に街をつくる」というのはわれわれからは出てきにくい発想です。
――まさに両社の強みを掛け合わせているのですね。
吉田: 実際、両社のデータサイエンティストは、使うテクノロジーは同じでも、それを生かす対象やアプローチが異なりますよね。今後データサイエンティスト同士の交流を深めることで、新たな化学反応が起きそうです。
山本: 日立さんは、社会インフラの設備保守など命に関わる業務を行う中で「あるべき正解に向かう」。当社はクリエイティビティーの観点で「見えない正解を探す」。異なる視点を持っていると思います。
「高精度な予測・分析」「売り上げ拡大や価値向上への貢献」 両社が読み解くAIトレンド
──お二人は生成AIのトレンドをどう捉えていますか。
山本: 生成AI活用は静止画や動画、文章といった表現の生成から「データテクノロジーにおける生成AI」に進化していると思います。生成AIによって表現の幅が広がり、動画を使ったバナー制作なども簡単になりました。しかし半面、競争力が低下するという懸念も生まれました。これを受けて、バナー制作などの前段階にある「誰に何を伝えるか」というマーケティング視点でのデータ活用が重要になっています。人間にはできない高度なデータマイニングを生成AIでどう実現するか、それを支えるエージェント技術はどうあるべきかが問われており、個人的にも興味があります。
吉田: つまり、データサイエンティストが行っている業務を生成AIが代行するということですよね。
山本: はい。例を挙げると、今までは機械学習の出力をデータサイエンティストが解釈して説明していました。それは部下が作った資料を上司が説明するようなもので、説明の精度が低い可能性があります。しかし予測精度が高いモデルなら、予測の理由や重要な特徴量をより正確に抽出できます。つまり、学習した本人(=生成AI)が直接話したほうが、説明力が上がるということです。当社は生成AIによる回帰や分類などの結果を実用化することに取り組んでおり、こうした「機械学習→機械説明」が実現できることはすでに確認しています。「バナーAとBならAが良い。理由は○○です」といった回答を得るところまでは実現できています。
──吉田さんが捉えているトレンドはありますか。
吉田: 生成AIを使うための環境が整備され、業務での本格的な導入が始まるフェーズに入ったと考えています。翻訳や要約だけでなく、現場で活躍するフロントラインワーカー向けの業務改善に活用する動きが加速しています。
導入目的も、効率化によるコスト削減から売り上げ拡大や価値向上などに移っています。AIを導入する範囲が広がれば「使う人に寄り添う」UXデザインの重要性も増すでしょう。この点は、これから電通デジタルさんが持つ生活者データと日立の技術を組み合わせてより良いデザイン設計などを検討したいですね。
「互いが持つアセットを生かす」両社の協業
──今後、どのような連携に期待していますか。
吉田: まずは売り上げ拡大に向けた生成AIの活用があると思います。単純にトップラインを上げればよいのではなく、人財不足も同時に解決する必要があります。アパレルを例にすると、外国人観光客に対応する店舗スタッフが足りないなら、デジタルサイネージのAIアバターを使って顧客体験を向上させ、売り上げにも貢献する。そのためには、心地よく生成AIを使えるUXデザインが欠かせず、電通デジタルさんが持つノウハウや技術が必須です。ただ、生活者向けになると想定すべきペルソナ像が急増します。体験設計の難易度は高いだろうと想像するのですが、山本さんいかがですか。

山本: そうですね。生活者の多様なニーズに応えるという点でもやはり生成AIが鍵です。生活者アンケート調査を学習した生成AIの集計値は、実際の集計値との誤差が縮小してきました。チャットbotで得られたデータを再学習させれば、多様なペルソナ像に対応できるアバターを作ることもできるでしょう。生成AIが生活者の反応によって対応を変えられるようになれば、顧客体験は大きく変わるはずです。
──従業員に関するデータを豊富に持つ日立と、生活者に関するデータを豊富に持つ電通デジタルの掛け算によって、多彩な可能性が生まれそうですね。
山本: お互いが持つアセットを洗い出して、ノウハウも含めて提供し合いたいですね。日立さんが持つサプライチェーン管理システムの在庫管理データや廃棄ロスデータと当社が設計した店頭のAIアバターをつないで、適切なタイミングでタイムセールの案内をするなど、新しい顧客体験を創出できる可能性が広がっていると考えています。
吉田: 日立はB2B事業が中心ですが、Lumadaを通じたユースケースを何千と有しています。金融分野の決済基盤などのアセットはB2B向けでありながら、エンドユーザーは生活者です。これらをどのように顧客体験に生かすか、連携を通じてB2B2Cに注力していけると面白いと思っています。
価値観、人の役割 AIの進化がもたらす変化
──生成AI活用が高度化する中で、どのような課題がありますか。
山本: ガイドラインやポリシーをどう作るかだと思います。電通グループはAIガバナンスの整備を推進しており、ガイドライン作成や「AIガバナンスコミッティ」の設置などを通して守りを固めています。ただ「いつになれば完璧と言えるのか」については難しいですね。
吉田: 同意見です。生成AIへの考え方や利用方法は時代で変わります。日立にもAI倫理の原則が存在しますが、生成AIを社会インフラに組み込む場合、30年使うこともあり得るわけです。現在は問題でも将来的には許容される可能性があるため、時代に応じて定期的に更新することが重要です。
もう一つの課題としては「ハルシネーションなどにどう対処するか」です。信頼性や堅牢(けんろう)性が求められる社会インフラに生成AIは適さないと考える人も多く、適用を敬遠されることもあります。生成AIが間違ったとき、「じゃあどういう結果なら良いか」をフロントラインワーカーと話し合い、改善して、理解を得ることが大切だと思います。

山本: 吉田さんが「使う人に寄り添うUXデザインの重要性」に触れていたように、生成AIに抵抗感を持つ人には“ぬくもり”や思い入れを感じられるUXが必要です。AIは会話を重ねて育てられます。「私が育てた」と思い入れを持てるような体験は大事です。
私は今、「スーパー電通くん」というものを作ろうと思っていまして(笑)。生成AIが従業員の特徴を学習し、エージェント同士にコミュニケーションさせて育てることで最終的に総括的なエージェント(スーパー電通くん)を誕生させる。自分の仕事を覚えさせたAIがスーパーマンに育つことで、自身の知識や経験が会社に残るのです。

吉田: 面白いですね。日立でも、熟練者の言語化しにくい暗黙知を音声や動画に残して形式知化したり、生成AIに学習させたりするような実証を重ねています。
山本: 同じです。広告運用の様子を動画で撮って記録するなどの取り組みは、当社でも実施していますよ。
吉田: 広告やクリエイティブの世界には、デザインセンスなど抽象化された要素を含む技術継承も多そうですね。
山本: 確かに、概念的、抽象的なスキルを記録するのは容易ではありません。ただ、興味深いのはそういったユニークな発想をする人ほど、技術を後世に残したいと思っていることです。当社には、自分の考え方を特定の要素に分解してAIに学習させている従業員がいます。AIが人に取って代わることへの危機感よりも、自分がいなくなったら面白いものが作れなくなるという危機感の方が強いようです。
吉田: そういう方々が、AIで記録できる表現を一緒に考えてくれたら企業にとって代え難い貴重なアセットになりますね。
──ありがとうございました。最後に、AI時代に人の価値をどう捉えるべきかお考えをお聞かせください。
吉田: 単純作業はAIに任せましょう。人は「何を成し遂げたいのか」という目標にフォーカスできることが価値であり、大事な仕事である時代になりました。私は、AIで日々の不満を解消して人が輝ける社会を創りたいと思っています。そのためにも、AIを身近に感じて便利に使っていただけるシーンを電通デジタルさんと一緒に増やしたいですね。
山本: 私は、「生きたい」と思うことが人間の価値を高め、AIはその価値をさらに引き上げる存在だと考えています。常に新しい知識を提供してくれる存在が自分のすぐそばにいること。これは脳の可塑性を高め、人の可能性を広げます。日立さんとの協業を通して、AIによる社会貢献を形にしていきます。

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ITmedia 2025年03月10日掲載記事より転載
本記事はアイティメディア株式会社より許諾を得て掲載しています
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