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AIの新たな時代が、いま幕を開けようとしています。変圧器から交通管理に至るまで、ミッションクリティカルなシステムの開発・導入・自動化のあり方を変革しているインダストリアルAI。本シリーズでは、日立がインダストリアルAIの革新力を、最前線からご紹介します。

電力網の複雑な計算課題にAIを活用することで、エネルギーの「流れ」をよりスムーズにし効率的な運用を実現しています。

米国の電力網は、全国に張り巡らされた発電所、送電線、変電所などが相互に接続された巨大なネットワークであり、「世界最大の機械」とも言われています。しかし、この巨大なシステムは、今まさに限界の兆しを見せています。

数十年にわたり電力需要が横ばいだった米国の電力網ですが、インフラ依存型の電力エコシステムは、劇的な複雑化の時代に突入しています。AIを活用したデータセンターが急速に増加しており、それぞれが数百メガワットの電力を必要としていたり、電気自動車(EV)産業の急成長に伴い充電インフラの整備が加速したりしています。その一方で、エネルギー転換の流れは電力会社を悩ませ続けています。再生可能エネルギーによって生まれた新たな電力は、全国各地に設置された大規模な蓄電システムに「一時保管」され、電力網に安全に供給できるまで待機させる必要があるからです。

その結果、北米は今後5〜10年の間に「エネルギー不足のリスクが高まる、あるいは非常に高い状態」に置かれる可能性がると、北米電力信頼性協議会(NERC)は示唆しています*¹。

とはいえ、この複雑な状況を乗り越える道は存在します。エネルギーや産業技術の分野で長年の経験を持ち、AIでも豊富な実績を積み重ねてきた日立は、こうした課題に対して体系的なアプローチで取り組んでいます。産業課題を複数の解決可能な数学的問題に分解し、AIを用いて一つひとつ着実に取り組む。そして、日立グループ各社が持つ独自の技術力と専門知識を活用しながら、日立は電力網にかかる圧力を緩和しています。

*1:Urgent Need for Resources Over 10-YearHorizon as Electricity Demand Growth Accelerates: NERC | American Public PowerAssociation

計算処理の負荷軽減

このアプローチは、米国の大手地域送電事業者が、電力網に新たなエネルギー源を導入する際に必要となる「影響調査」の作成にかかる膨大な時間を短縮したいと考えていた際にも、日立が用いたものです。また、日立はこの手法を活用し、エネルギーの発電と消費に関する包括的かつ信頼性の高いデータセットの構築にも取り組んでいます。これらのデータセットをもとに、最も信頼性の高い成果を得るためのモデル検証を行っています。

また、産業界の課題を「破壊的」な発想で捉える企業もある中、日立はインダストリアルAIを“副操縦士”として活用することの重要性を理解しています。日立の技術は、電力会社がこれまで多大な投資を行ってきた既存のシステムを置き換えるのではなく、それらと連携して機能し補完する形で活用されます。Hitachi America R&Dのエネルギーソリューションラボ副社長兼責任者であるBo Yang氏は、「私たちは電力会社のエコシステムの一員として、加速役を担っていきます」と語っています。

Yang氏によれば、すべてを一から刷新する破壊的イノベーションには価値があるものの、日立が体系的なアプローチを採用するのには現実的な理由があります。それは、計算処理の負荷が非常に大きいという点です。米国連邦エネルギー規制委員会(FERC)のガイドラインでは、新たな発電設備が送電網の安定性に与える影響について、現在の状況だけでなく、将来のシナリオや潜在的なシステム障害も含めた徹底的な分析が求められています。こうした複雑な要件に対応するためには、膨大な計算能力と、それを効率的に活用するための高度な技術が不可欠なのです。

例えば、ある送電網プロジェクトでは、電力会社が新しい発電設備の接続を申請する際、運用会社のソフトウェアが数万件に及ぶシミュレーションを実行し、送電網の安定性を検証する必要があります。従来、このプロセスには数年単位の時間がかかることもありました。日立のインダストリアルAI技術は、並列処理と呼ばれる手法を用いて複数の計算を同時に実行することで、分析のスピードを大幅に向上させています。一方で、複雑なケースや最終的な結果については、従来のソフトウェアを活用して慎重に確認しているのです。

このハイブリッド型アプローチにより、分析時間は80%削減され、レビュー期間は従来の27か月から1年以内へと短縮されました。しかも、業界が求める厳格な安全基準はそのまま維持されています。

「村」全体で取り組むアプローチ

新たな発電設備を送電網に接続するには、エネルギー業界全体での密な連携が不可欠です。プロジェクト開発者、独立系統運用者、送電事業者、規制当局など、複数のステークホルダーがそれぞれデータに基づく分析を頼りに重要な意思決定を行います。新しい発電設備が送電網に接続されるには、この「村」全体が合意形成に至る必要があるのです。

このような環境で成功するためには、深い業界知識と高度なAI技術の両方が不可欠です。日立が系統運用者向けプロジェクトに取り組む際には、数十年の経験を持ち、電力システム解析の数学的・運用的基盤を理解する電力技術者がチームに加わっています。

こうした専門知識により、どのプロセスがAIによって加速可能で、どの部分が従来の手法を必要とするかを的確に見極めることができます。

「AIの専門家はアルゴリズムに強いことが多いですが、必ずしも業界の本質的な課題に目を向けられているとは限りません」とYang氏は語ります。「一方で、何十年も前から使われている従来型の分析ツールには限界があるため、新しいAI手法を適切に活用することで、その限界を克服することができるのです。」

複雑な課題を分解する

産業分野の課題は、非常に複雑で相互に関連したプロセスが絡み合っていることが多いですが、これらはより小さな数学的問題に分解することが可能です。例えば電力システムの場合、解析作業を個別のタスクに分け、それぞれが送電網の安定性や性能の異なる側面に焦点を当てています。

各工程では、AIによって計算を加速できる可能性がありつつも、電力システムの運用を支える物理的制約や安全要件を確実に守る必要があります。インダストリアルAIは、電力システムの物理法則そのものを再発明する必要はありません。重要なのは、電力会社がすでに理解している計算分析を、高速化することなのです。

この体系的なアプローチは、個別のプロジェクトにとどまらず、他業界にも応用可能です。日立が電力網向けに開発したインダストリアルAIのフレームワークは、物理ベースの分析を必要とするさまざまな分野に展開できます。たとえば、安全性が最優先される鉄道輸送システム、精密な制御が求められる製造業のオペレーション、リアルタイム最適化が不可欠なモビリティソリューションなどが挙げられます。

「重要なのは、まず解決すべき課題を正確に理解すること。そのうえで、どのAI技術を適用すべきかを判断することです」と、Yang氏は語ります。この“課題起点”の手法こそが、同じフレームワークを業界横断的に展開できる可能性を示しています。

インダストリアルAIは“異なる”

電力会社のようなユーティリティ事業者は、地域全体のインフラを支えるという極めて重大な責任を担っています。そのため、AIの導入には単なるアルゴリズム以上のものが求められます。運用上の制約、規制要件、そして電力システムの物理法則に対する深い理解と、長年にわたる検証経験が不可欠です。

このような背景から、インダストリアルAIは他のAIとは本質的に異なる存在です。目的は既存システムの破壊ではなく、重要インフラが求める精密さと信頼性をもって、それらを強化することにあるからです。

最も革新的なAIは、しばしば最も体系的で慎重なアプローチを取ります。それは決して野心がないからではなく、失敗が許されない領域だからこそ、確実性と安全性を最優先にする必要があるのです。

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画像: AIによる電力網の負荷軽減

Bo Yang

Hitachi America R&D エネルギーソリューションラボ副社長兼責任者

*こちらはCIOの記事を翻訳したものです。

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