ChatGPTの浸透もあり、企業において活用意欲が高まっている生成AI。労働人口が減少し続ける中で、すべからく企業は生成AIを活用につなげて効率化や生産性向上をめざす必要に迫られている。その上で現在、特に注目を集めているのは「企業の特有の業務や事業にどう生成AIを適用するか」だ。しかし、その道のりは険しい。課題は大きく2つある。
1つ目は「どの業務に適用するか」の発想が限定的になりがちなこと。既存の業務プロセスは“当たり前のもの”であるため、生成AIの適用箇所は案外見つけにくい。2つ目は、「正しい目的」を設定しておらず、部門横断でプロジェクトを推進できないこと。これが原因となり個人業務の自動化、部門内の定型業務の自動化などから先に進めないケースも多い。
では、生成AIで成果を得るには、どのような活動が求められるのか。全社での「AX」(AIトランスフォーメーション)を掲げ、自ら生成AI活用を実践してきた日立製作所(以下、日立)――同社の3人のChief AI Transformation Officer(CAXO)に取り組みの経緯と現在地、そして成果を出すポイントを聞いた。
セクターごとにAX責任者を置き、生成AIによる業務改革を推進
日立では、生成AIの知見を有するデータサイエンティストやAI研究者、各種業務のスペシャリストを集めたCenter of Excellence(CoE)組織「Generative AIセンター」を2023年5月に設立した。また、生成AIを使った業務改革を全社で徹底的に推進するため、同年12月にCAXOというポストを新たに設置している。
CAXO は、IT事業を担うデジタルシステム&サービス(DSS)、電力や鉄道事業を展開するグリーンエナジー&モビリティ(GEM)、昇降機や家電、コンプレッサーなど組立加工ベースのプロダクト事業で構成されるコネクティブインダストリーズ(CI)という3つのセクターそれぞれに配置されている。Generative AIセンターのセンター長を務め、DSSセクターのCAXOでもある吉田順氏は、日立がAXに取り組む背景をこう話す。
「IT事業ではシステムエンジニアが、電力や鉄道、製造事業では現場で働くフロントラインワーカーがといった具合に、人手不足は当社でもさまざまな範囲に及んでいます。そのため、日立では短期と中長期に分けてAXを推進することで、国内ひいてはグローバルでグループ全体の人手不足を解決しようとしています」
短期的には「ソフトウェア開発の生産性向上」と「オフィスワーカーの業務効率化」、中長期的には「設備や電力・鉄道のメンテナンスを担うフロントラインワーカーの業務変革」を行うことを目標にしている。
同社は長年AIへの取り組みを続けているが、2022年ごろから生成AIに注目。2023年5月のセンター設立から取り組みを本格化させ、まず「守り」を固めることから着手した。情報流出のリスクなどを考慮しながら、「どの業務に、どのように、どのレベルまでの適用であれば業務利用が可能か」をガイドラインとして策定。日常業務の効率化に役立つ生成AIチャットbot「Effibot」を整備して、全従業員が利用できる環境も整えた。社外の有識者や顧客とも協創しながら積み重ねてきたユースケースは、実に1000件以上あるという。
【IT領域でのAX】
システムの開発とメンテナンスの両面で生成AIを導入
話を聞いていると、生成AI活用には全社的な理解・協力を得られるような「基盤づくり」が重要であることが分かる。その上で、吉田氏が担当するIT領域では「大規模システム開発への生成AI適用」に挑戦しているという。
「まずソースコードやテストケース、要件定義や基本設計の自動生成からスタートしました。ただ、当社が請け負っているシステムは大規模かつ社会インフラを担うものが多く、生成AIで作ったシステムをすぐリリースすることはできません。どうしたら生成AIで安全にお客さまのシステムを開発できるか、検討する必要がありました」
そこで、開発に生成AIを適用するための新たな開発フレームワークを整備した。生成AIの大きな課題である「誤った生成」を避けるため、高い精度で生成できるプロンプトを開発し、フレームワークでプロンプトを生成する仕掛けを構築した。
「社内でPoCを繰り返してきており、社会インフラシステムなどのミッションクリティカルな開発に適用できる段階になってきました」
メンテナンスにも生成AIを導入している。特に「正常な状態か、異常か。異常であればどんな原因が想定できるか」といったモニタリングの効率化に活用している。
「最終的には人間がチェックしますが、異常の発見や特定、対処、報告レポートにも生成AIを取り入れています。対応がスピーディーになっただけでなく、属人化解消の効果も感じています」
一般に、システムメンテナンスは「働き手がなかなか集まりにくい」(吉田氏)。生成AIで現場負担を軽減できるほか、新しい技術などに触れてもらう余力を生み出すことでリスキリングにもつながると見込んでいる。
【プロダクト領域でのAX】製造現場の機械のメンテナンス
その常識が生成AIで変わる
コネクティブインダストリーズ(CI)セクターを統括するCAXO、三溝勝広氏は機械のメンテナンスなどプロダクト事業での生成AI適用を進めている。
「日立はIoTプラットフォームを有しており、機械や製品(プロダクト)ごとに稼働情報やメンテナンス履歴などを蓄積しています。こうしたデータの価値を生成AIでどう高めるか。人手不足への対応はもちろん、いかにタイムリーかつ効率的なメンテナンスを提供できるかをテーマにAXを推進しています」
現在、目標としているのはグローバルで提供している「メンテナンス業務の均一化」だ。
機械のメンテナンス担当者には、熟練者もいれば経験が浅い人もいる。熟練者であればメンテナンスや修理対応に必要な機材が分かるが、経験が浅いとそうはいかない。CIセクターはこうした点に価値向上の鉱脈があると考え、データ分析やナレッジ共有を行いながら、「どんな人財でも高い水準で業務に従事できる」体制の構築に挑んでいる。
三溝氏は、日立産機システムが開発している「Talkative Products-話す機械-」についても触れる。機械を納入した後のメンテナンスなどのフォローは日立グループで行っているが、機械が自ら「現在の状況」や「メンテナンスなどに必要な対策」を“話せる”ようにすることで、「従来業務を人手から切り離す」という構想だ。
これは作業員の負担を減らすためのものではない。三溝氏は目的について「例えば、ほこりを取るなど、現場で簡単な作業を行うだけで解決できる不具合なのか、それとも日立のメンテナンス要員でなければ対応できない不具合なのか。こういったことを現場で素早く判断できれば、従来のメンテナンス業務の姿を大きく変えられます。われわれは『現場業務のイノベーション』を旗印にAXに取り組んでいます」と語る。
【OT領域でのAX】鉄道メンテナンスに革命を
「ビジネスモデルを大きく変える」
電力や鉄道事業など4ユニットで構成されるグリーンエナジー&モビリティ(GEM)セクターの桧垣弥生子氏も、CAXOの一人だ。電力や鉄道といった社会インフラ、また産業プラントに必要な設備やシステムを最適に動かすための「制御・運用技術」であるOT(Operational Technology)領域の事例として、桧垣氏は鉄道関連事業のAXについてこう話す。
「当社は2020年、デジタルセンサー技術を有する英国パーペチューム社を買収しました。パーペチュームは、鉄道車両の台車機器などにセンサーを付けることで当該機器の故障状況やパフォーマンス状況をリアルタイムにモニタリングする試みを進めてきた企業です。英国にある日立の車両基地では当社が自ら車両メンテナンスを担っており、既に、こういった技術で蓄積したデータを生成AIで分析することで、メンテナンスの効率化を少しずつ実現しています。このユースケースを基に、今後は英国内外の鉄道会社さまのメンテナンスにおける課題解決の一助となるべく、さまざまな試みを実証しています」
「鉄道車両のメンテナンスにおいては、定期的な周期に基づいた予防メンテナンスが原則」(桧垣氏)だ。車両のメンテナンスは、フロントラインワーカーがマニュアル管理による業務に追われていることが多い。センサーでリアルタイムにデータを取れるパーペチュームの技術とAIによって、故障が予見可能になったり、現状に即したタイムリーなメンテナンスが実現可能になったりする。その結果、メンテナンスの効率化につながることを期待できる。桧垣氏は「(鉄道会社の)ビジネスモデルを大きく変えるような、将来への可能性を感じる取り組み」であることを強調する。
AX推進のポイントは「リーダー層がインフルエンサーに」
一連の短期と中長期に向けた日立の多様な取り組みからは、属人性の解消、業務品質の均一化といった「効率化」以外のメリットや、「自社独自のルール作り」の重要性など、生成AIを適用するヒントが多数得られる。同社の事例で何よりも重要なのは、全ての取り組みにおいて生成AI活用を「目的」ではなく「業務/ビジネスを変革するための手段」と明確に位置付けていることだ。
多くの企業では導入自体が目的化する傾向が強い。明確な目標、目的が示されていないためか、「全従業員向けに環境を整備したが使われない」という声を吉田氏もよく耳にするという。
その解決策として、吉田氏は自社での経験を基に「経営トップの関与」を挙げる。日立 CEOの小島啓二氏は、生成AI関連のメッセージを積極的に発信することで全従業員の生成AIへの関心、活用に向けた意欲を高めている。また、経営幹部が日常的に生成AIを活用する様子を発信することで「インフルエンサー」として機能しているそうだ。「リーダーがこうした姿を示せば、現場の意識も変わります」(吉田氏)
パートナー企業との協業も加速
3人のCAXOがリードする「これからのAX」
日立は今後、AX推進についてどのようなビジョンを描いているのか。吉田氏は次のように話す。
「これからも事業(セクター)の枠にこだわらず“One Hitachi”でAXを推進していきますが、今後はパートナーの力を借りる必要性が高まると考えています。パブリッククラウドを使って生成AIを導入するお客さまが多いことから、当社ではマイクロソフトやGoogle Cloud、AWSといった企業とタッグを組んでいます。また、生成AIは社内の重要な業務データを扱うことからオンプレミスで利用したいというニーズも多いため、GPUにも目を向ける必要があります。具体的には、当社のストレージとNVIDIAのGPUを組み合わせたソリューションを提供する予定です」
人財の確保も欠かせない。買収した米GlobalLogicには既に1万人弱のAIエンジニアが在籍しているが、今後、グローバルでAIエンジニアやLLMエンジニアなどの高度人財を5万人以上育成する。吉田氏、三溝氏、桧垣氏は「継続的に日立のAXを加速させ、お客さまのAX推進の力になりたい」と口をそろえる。
AX推進にはITとOT、さらには環境への配慮など、課題を解決に導くために多くの周辺領域の知見、ノウハウ、プロダクトが必要だ。自らがAXの実践者である日立以上の伴走者は、そうはないだろう。“個人業務や部門業務の単純効率化”から先のロードマップが見えてこないなら、まずは相談してみてはいかがだろうか。
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ITmedia 2024年10月17日掲載記事より転載
本記事はアイティメディア株式会社より許諾を得て掲載しています
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