日立製作所(以下、日立)は2025年1月21日、自社の生成AIのスペシャリスト集団「GenAI(ジェンエーアイ)アンバサダー」を発表した。GenAIアンバサダーは金融や公共などの業界、開発や分析などの専門領域に特化した経験と技術力、生成AIに関する深い知識を有するメンバーで構成される。社内での生成AI活用をリードするほか、顧客向けソリューションの研究開発やコンサルティングなどの支援にも携わる存在だ。
現在、生成AIによる業務効率化は企業の優先事項になっている。特に、IT人財の需給ギャップが問題となっているシステム開発の現場、とりわけ基幹システムや社会インフラといった大規模システム開発の現場では、より早急な対応が求められている。対策を打たなければ企業活動だけではなくわれわれの生活にも影響が及ぶ。
GenAIアンバサダーはこうした現状に対してどのような解を示すのか。大規模システム開発の生成AI活用に取り組むGenAIアンバサダー、五十嵐聡氏を取材した。
日立「たたき上げSE」が語る開発現場の“今”
五十嵐氏は2007年に日立に入社し、産業・流通分野でフロントSEとして活躍。基幹システムの運用保守を務めたほか、大規模システムのマイグレーションプロジェクトに約10年間プロジェクトマネージャーとして従事した。2024年4月からは、生成AIを適用したシステム開発の効率化や共通ツール作りに携わっている。
五十嵐聡氏(日立製作所 アプリケーションサービス事業部 Lumada共通技術開発本部 生成AI技術開発部 部長)
“現場たたき上げのSE”として利用者と提供者の視点を持つ五十嵐氏は、現在のシステム開発の現場について「人財不足に起因するさまざまな課題が生じている」と指摘する。
「特に基幹システムの領域ではCOBOLやアセンブラなどのレガシー言語に精通した人財が不足し、企業間で取り合いになっています。その結果、人財確保のコストが上昇し、スピーディーに開発が進まないという課題が生まれています」
こうした中で加速しているのが属人化だ。多くの日本企業におけるレガシーな大規模システムの運用は「業務を知り尽くした特定の人物のスキルとノウハウに頼らざるを得ない。故に、長年の経験や暗黙知による対応からなかなか脱却できていない」(五十嵐氏)という。IT人財不足のため、熟練者の技術や知識の伝承も難しい。レガシーシステムが企業の発展を阻害するとした「2025年の崖」問題も指摘されてきた。レガシーシステムが足かせになり、機動性が低下している企業は多いという。
「制度改定などの外部要因で機能変更が発生すると、レガシーシステムの維持と更新に多くの時間とリソースが消費されて気が付けば1年が終わっている、ということも珍しくありません。その結果、本当に取り組みたいDX推進やビジネス拡大といった新しい挑戦が妨げられ、ビジネス機会を逃す要因になってしまうのです」

システム開発の生成AI適用 メリットと課題は
生成AIは、まさしくこうした状況を打破するものとして期待されている。五十嵐氏は「生成AIはレガシーシステム、新規システムの開発全般の効率を大きく変える」と説く。効果を発揮するシーンとして代表的なのは、やはりコード生成だ。

「COBOLからJavaコードを生成するといったようにレガシーシステムのオープン化に利用できますし、COBOLを維持したまま必要なコードを生成して既存の運用保守を効率化することもできます。新たな言語の学習を始めた熟練者エンジニアがコード生成を用いて新しいアプリケーションを開発したり、熟練者のノウハウを活用して若手エンジニアが内製化を推進したりといった使い方も可能です」
特に注目すべきは「人間的な解釈」だという。これがコード生成以外にも利用の幅を広げている。
「システム開発においてルール化できる部分は、すでに自動化ツールによって効率化が進んでいます。生成AIはLLMによる自然言語処理が特徴であり、要件定義などの上流設計やプロジェクト管理、プロジェクトマネージャーやPMO作業など、これまで人手が必須とされていた部分の支援も可能です。これは、従来のルールベースの効率化を超えた抜本的な変革につながります」
生成AIに明確な基準とルールを定義すれば、経験や技術力のばらつきを平準化して「属人化を解消できる」と五十嵐氏。つまりスキルを平準化することで、全体の開発負荷を軽くしながら開発品質を均一化できるというわけだ。
日立の強みを生かした「開発フレームワーク」とは
こうしたメリットを享受するためには課題もある。大量のプロンプト情報をどう処理するか、使う人のスキルによって成果物にばらつきが出ないか、ハルシネーションや情報漏えい、著作権侵害といったAI特有の課題をどうクリアするかなどだ。そうした課題に対応するために、日立は自社内における生成AI活用の取り組みを基に開発したフレームワーク「Hitachi GenAI System Development Framework」を2024年5月に発表している。
「ミッションクリティカルなシステムの開発領域に生成AIを適用するためのフレームワークです。生成AIを効率的に利用できるように、開発プロセス全般をアシストする5つの機能があります」
同フレームワークは、SEや開発者、プロジェクト管理者、品質管理者をアシストする機能のほか、職種に依存しない情報検索や議事録作成などの付帯業務機能もサポートできる。特徴は以下の3つだ。
- 簡単に使える
生成AIの専門知識がないエンジニアでも使えるように、ガイドラインに従って利用できる仕組みを整備。プロンプト入力のばらつきを抑え、大量の回答生成にも対応する。不適切なコード生成リスクを補うなどのツール群も利用可能。 - 適用先を選ばない
Google Cloud 、AWS、Azure、オンプレミスなど場所を選ばず利用できる。生成AIモデルはAzure OpenAI Serviceを中心にオープンソースLLMやAmazon Bedrockなど、複数の選択肢を提供(順次拡大予定)。 - 顧客の要望に応じたカスタマイズが可能
企業やプロジェクトごとの開発プロセスや設計書に対応し、個別カスタマイズ可能な形で提供。
無論、こうしたフレームワークを確立するのは決して簡単ではなく、社内検証時には多くの苦労があったという。
「生成AIで精度の高いシステム開発を実現するためには、大量の情報をプロンプトに与える必要があります。しかし、情報が多くなるとプロンプトの作成自体が手間となって非効率化します。精度と効率をどう両立させるか。これが最初に直面した壁でした。試行錯誤の末たどり着いたのは、既存の設計書からプロンプトを自動的に作ることでした。新たにツールを開発することで、高い精度で効率良く生成AIのプロンプトを作れるようにしました」

大規模システム開発への生成AI適用における課題と解決
生成AIのトークン(回答量や入力量)のサイズ制限も課題だった。大規模プロジェクトになると大量かつ多様な文書が利用されるため、生成AIが出力できるサイズを超えることも多い。そこで「生成AIの回答を分割して出力できるようにしたり、分割した際に文脈や情報を維持したりできるようにする工夫が必要でした」(五十嵐氏)
「プロジェクトごとのカスタマイズ」をどこまで行うか、という課題もある。これについては現在も最善策を模索し続けているという。
「現場ごとに開発プロセスや設計書は異なります。開発フレームワークを現場に合わせてカスタマイズして提供していますが、予想以上に工数がかかることがあります。日立社内の取り組みでもそうですが、生成AI活用をより広く進めるためにはこの労力を軽減しなければなりません。これを達成しなければ、全体への展開を進めることができず、限定的な活用にとどまってしまいます」
そこで作業負荷を下げるためにツールの汎用(はんよう)性を高めたほか、開発フレームワークを現場に適用する際のノウハウを集約した。今後はさらに生成AIを活用した開発標準の確立を検討しているという。それを生かして生成AIの専門家ではないSEでも適用できるようにすることで、そのメリットを主体的にキャッチアップして取り込める環境の構築をめざしていると五十嵐氏は話す。
ちなみに、日立はすでに開発フレームワーク適用も含む生成AIを用いたシステム開発の検証を100件以上実施済みだ。ユースケースは主に「新規・維持保守の開発」と「レガシーシステムのマイグレーション/モダナイゼーション」の2パターン。アプリケーション開発は、コーディングや単体テストなどの製造工程で50%以上の工数削減を実現した例がある。マイグレーション/モダナイゼーションについても「設計書が存在しないレガシーシステムのソースコードから仕様を可視化し、ブラックボックスを解消できることを確認した」(五十嵐氏)という。
「生成AIが唯一の解決策ではない」
幅広い分野で大規模システム開発を担ってきた経験と知見を基に、生成AI適用をリードしている日立。同社には「Generative AIセンター」などの高度な価値を提供するための全社的な体制もある。一方で五十嵐氏らGenAIアンバサダーは、適用時に現れがちな一つ一つの課題を自ら体験して乗り越えてきたリアルな経験と知見を千差万別の状況にある顧客支援にきめ細かく生かしているというわけだ。だが五十嵐氏は、「必ずしも生成AIが解決策になるとは限らない」ともくぎを刺す。
「生成AIは課題解決の選択肢の一つに過ぎません。私はGenAIアンバサダーとして、お客さまが本当に困っていることに対して最適な解決策を検討した結果、『生成AIを適用しない』選択をすることも重要だと考えています。われわれの目的は『生成AIを売ること』ではなく『課題解決とビジネスチャンスの創出』です。そのためにも、専門領域に特化した知識と技術力を持つGenAIアンバサダー同士で連携して、お客さまの価値向上を支援しています」
生成AI全盛の社会トレンドにあってこう言い切れるのも、そのメリットやポテンシャル、そして企業における生成AI活用の本質を実体験の中でつかんできた故と言えるのではないだろうか。

●Google Cloud および関連するサービスは、Google LLC の商標です。
●その他記載の会社名、製品名は、それぞれの会社の商標または登録商標です
関連リンク
ITmedia 2025年1月28日掲載記事より転載
本記事はアイティメディア株式会社より許諾を得て掲載しています
Digital for all. ―日立製作所×ITmedia Specialコンテンツサイト