今回は、“手ぶらで買い物” ができる小売りDXの実現から従業員のウェルビーイング向上に貢献する「CO-URIBA(コウリバ)」を担当されている大嵜拓人さんに、AIを活用した組織内コミュニケーションの可視化や、そこから見えてくる組織内の課題解決など、単に小売りDXにとどまらない利活用の可能性について話を聞きました。
リモートワーク時代の新たな課題に挑む「CO-URIBA」がもたらす心理的安全性の向上
ー 大嵜さんがウェルビーイング向上のために取り組む「CO-URIBA」について教えてください。
リモートワークやフレックスタイム制の普及により、従業員は柔軟な働き方を選択できるようになりました。しかしその一方で、職場内のコミュニケーション不足や一体感の希薄化、さらには従業員のウェルビーイングが損なわれるといった新たな課題が顕在化しています。
日立の全従業員を対象に実施したアンケートでは、特に若手従業員の心理的安全性がマネージャー層と比べて低いことが明らかになっています。若手従業員の心理的安全性は、主に上司との関係性に強く影響される傾向があり、このような状況が続くと、従業員のウェルビーイングが損なわれ、働き続ける意欲が低下し、結果として離職者が増えることにつながりかねません。そのため、日本企業としても従業員のウェルビーイング向上に向けた取り組みが今まで以上に求められています。心理的安全性を確保し、安心して働ける環境を整えることができなければ、企業の持続的な成長や競争力の維持は難しくなると考えられます。
こうした課題に対し、日立の解決策として、無人コミュニケーション店舗「CO-URIBA」があります。CO-URIBAは、生体認証技術やIoT決済、センサーなどを活用し、利用者が手ぶらで買い物できる仕組みを提供していますが、最大の特長は社内交流を促す「ありがとうクーポン」という機能にあります。

「CO-URIBA」を担当している、日立製作所の大嵜拓人さん
「ありがとうクーポン」が職場にもたらすウェルビーイング
ー 「ありがとうクーポン」の取り組みと効果について教えてください。
「ありがとうクーポン」は、職場の上司や同僚、部下に対して、感謝の気持ちをスマートフォンやPCから気軽に贈ることができるクーポンです。従業員に2枚1セットのクーポンが配布され、1枚を誰かに贈ると、残った1枚を自分で使えるようになる仕組みになっています。クーポンを贈る際には、普段の業務ではなかなか伝えられない感謝の気持ちを、メッセージとして添えることができます。クーポンはCO-URIBAで好きな商品と引き換えられるため、感謝の気持ちが“目に見える形”で伝えることができます。これにより、普段は言葉にしづらい「ありがとう」を、具体的な体験として共有できるのが特長です。
この「ありがとうクーポン」の開発の背景には、課題に感じていた従業員のウェルビーイング向上を実現したいという強い想いがありました。近年のウェルビーイングに関する研究では、幸福度の高い従業員は、幸福度の低い従業員と比べて創造性が3倍、生産性が31%高く、売上も37%高いという研究結果があります。さらに、離職率は59%、業務上の事故は70%も低いというデータも示されています。*¹
このデータをもとに、職場で「ありがとう」を気軽に伝え合える環境をつくることで、従業員同士のつながりが深まり、心理的安全性が向上し、結果として従業員のウェルビーイング向上につながるのではと考え、オフィスの限られたスペースにも設置できるCO-URIBAに「ありがとうクーポン」の機能を導入しました。
日立社内でこのクーポンを贈り合う取り組みを実施したところ、「コミュニケーションが活性化された」と答えた人が96%、「心理的安全性が高まった」が76%、「本施策を今後も継続してほしい」が99%と非常に高い評価を得ました。
さらに、若手従業員の心理的安全性を向上させることを目的に、上司から部下に「ありがとうクーポン」を贈る施策を実施しました。その結果、若手従業員の心理的安全性は施策前の73%から92%へと大幅に向上しました。上司以外の従業員からクーポンを受け取った場合の心理的安全性は79%にとどまっており、上司からのクーポンがより高い効果をもたらしたことが明らかになりました。さらに、クーポンをもらって実際に商品に引き換えた従業員の方が、引き換えなかった人に比べて、心理的安全性の向上がより顕著であることが分かりました。
この結果から、「ありがとうクーポン」を贈り合うことは、若手従業員の心理的安全性や従業員同士のコミュニケーションの活性化につながり、ウェルビーイングを向上させる有効的な手段であると考えられます。
*1.出典: American Psychological Association, 2005. ‘The Benefits of Frequent Positive Affect: Does Happiness Lead to Success?’

オカムラでの導入事例と今後の展望
私たちは、オカムラさまとともにCO-URIBAを活用した新しいオフィス空間づくりに取り組んでいます。オカムラさまは、心と体の調和が取れ、活力が向上している状態を「WELL at Work」とし、その実現をサポートするひとつとして、従業員が自然にコミュニケーションを取れるような空間づくりを推進されています。その取り組みの一環としてCO-URIBAを導入いただき、「ありがとうクーポン」の機能を活用いただいたところ、従業員のウェルビーイング向上に大きな効果が現れました。日立では約五千人、オカムラさまでは数百人規模で施策を実施しましたが、組織の規模に関わらず効果があることが分かりました。今後もオカムラさまと一緒にCO-URIBAを活用して、従業員同士が感謝を伝え合えるウェルビーイングなオフィス空間の実現をめざしていきたいと考えています。
AIによるコミュニケーション分析とデータ活用の可能性
ありがとうを可視化し、組織の結びつきを強化する取り組み
ー 今後CO-URIBAを活用してどのような取り組みを考えていますか。
「ありがとうクーポン」で得られたデータを活用して、社内の研究チームと共同でAI分析をした結果、組織間の結びつきを数値化し、それらをビジュアル化することに成功しました。従業員同士のコミュニケーションが可視化され、関係性を把握できるようになった結果、自分の組織だけでなく、複数の組織のさまざまな従業員にクーポンを送っている方、つまり、組織間のコミュニティーをつなぐハブとして機能している従業員を特定することもできました。
これまでは、そういったハブとなっている従業員を見つけ出すためには、上司や同僚からの評価など、定性的な情報から判断するしか方法はありませんでした。しかし、CO-URIBAを活用することで、データに基づいてそういった従業員を定量的に特定できるようになります。
このデータを活用して、組織のウェルビーイング向上に寄与する新たな取り組みを実現していきたいと考えています。例えば、特定されたハブとなる従業員に「ありがとうクーポン」を集中的に配布し、活用してもらうことで、組織内のコミュニケーションをさらに促進し、ウェルビーイングを向上させることもできると考えています。

AIによる分析で組織間の結びつきをビジュアル化
日立がデジタルの力でめざす未来
ー 日立は、デジタルの力で人々の快適で豊かな暮らしと、持続可能な地球環境の両立をめざしています。大嵜さんは、デジタルの力でどんな未来をめざしていますか?
デジタルの力で「ありがとう」の連鎖を起こして職場と社会を変える
私はデジタルの力を活用することで、人々のコミュニケーションを活性化し、社会全体のウェルビーイングが向上する未来を実現したいと考えています。そして、CO-URIBAがそのきっかけになると信じています。
現在、デジタル技術の進化により、効率化や自動化を通じて私たちの生活は豊かになっている一方で、人間らしいあたたかみのあるコミュニケーションが失われつつあると感じています。CO-URIBAを活用いただくことで、日常の感謝が職場内で循環し、コミュニケーションの活性化を後押しすることができると思っています。効率化やスピードが重視される現代社会において、忘れがちな感情を再び大切にすることができるのです。
実際にCO-URIBAを導入した企業からは、「ありがとうクーポン」により感謝の気持ちが連鎖し、職場の雰囲気が明るくなった、という声が多く寄せられています。オカムラさまをはじめ、私たちの想いに共感してくださる企業も増えてきており、将来的には企業間での「ありがとうクーポン」の贈り合いも実現できるかもしれません。企業や組織でウェルビーイングが向上し、それが社会全体に広がることで、より豊かな未来が築かれる、そんな未来を実現していきたいです。
