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AIの新たな時代が、いま幕を開けようとしています。変圧器から交通管理に至るまで、ミッションクリティカルなシステムの開発・導入・自動化のあり方を変革しているインダストリアルAI。本シリーズでは、日立がインダストリアルAIの革新力を、最前線からご紹介します。

生産ラインでの設備アラートが発生した場面を想像してください。経験豊富なメンテナンスエンジニアが、企業が保有するあらゆるマニュアル、設計図、運用データを備えたAIであるCopilotとともに機械へ駆け寄ります。25のステップが記載された手順書を呼び出すと、早速AIが見つけにくい給油口を正確に特定し、エンジニアの貴重な時間を節約します。

しかし、その瞬間、システムはつまずきます。デジタル化されたマニュアルには、重要な情報がひとつ欠けていました――必要な工業用グリースの具体的なグレードです。このギャップを埋めるため、世界最高水準の大規模言語モデル(LLM)を搭載したAIは、“ハルシネーション”を起こし、公開されたインターネットのデータから学習した知識をもとに自信満々にWD-40という潤滑油を提案するのです。AIがインターネットの情報から提案をしたという事実は利用者には見えないものであり、つくりあげた答えをマニュアルの事実と同じ権威をもって提示してしまいます。

エンジニアは凍りつきます。WD-40が溶剤であり、必要なのは高圧対応のグリースだと知っているからです。もしWD-40を使ってしまえば大惨事――設備の重大な損傷、数百万ドル規模の損害、そして長期の操業停止につながります。彼は手動でAIを上書きしながら考えます。「もし、経験の浅い新人エンジニアがシステムを信頼して行動していたら、どうなっていただろうか?」

これは仮定の話ではありません。製造業の見込み顧客向けに設備保全マニュアルを使ったPoCの初期段階で発見した実際の不具合です。この事例は明確な警告となり、生成AIの確率的な推測は、リスクの高い産業オペレーションには本質的に不向きだということが明らかになりました。

しかし、この「AI 2.0」に潜む根本的な課題には解決策があります。それは、単により良いデータを用意することではありません――データを検証可能で、使用可能な知識へと変革することです。

確率と現実 — AIの失敗のメカニズム

潤滑剤で起きた“ニアミス”は、バグではありません。実際、LLMは「役に立つ」という本来の役割を果たしたのです。これらのモデルは因果関係ではなく、相関関係の達人です。知識の空白に直面したとき、LLMは「情報が欠けている」とは認識しません。代わりに、学習データとプロンプトで与えられたマニュアルの文脈に基づき、統計的に最も確率の高い次の単語やフレーズを予測するのです。「潤滑剤」という語は、ウェブから収集した膨大なデータセットの中で「WD-40」と強く相関しています。モデルは推論しているのではなく、パターンをマッチングしているだけなのです。

産業用途では、精度と安全性が最優先であり、このリスクは容認できません。自律運用の未来を「最も可能性の高い」ものに基づいて構築することはできないのです。必要なのは、現実に根ざしたシステム――マニュアルに記載されている内容を理解するだけでなく、記載されていないことを認識できるシステムです。つまり、答えが見つからない場合には即座に「この情報は持っていません」と明言し、人間の専門家や指定された別のシステムにエスカレーションする仕組みが必要なのです。

これを実現するには、適切なAIとデータツールを高度に融合させ、LLMの強みと決定論的な論理ベースのシステムを最大限に活用する戦略的なナレッジマネジメントシステムの構築が不可欠です。

ナレッジマネジメントをAIに早期に組み込む

一番大きな課題は、データが不足していることではありません。問題は、データが断片化され、整理されず、構造化されていないことです。産業企業は、図面、マニュアル、そして暗黙知にあふれていますが、これらは文脈なしでは機械が確実に理解することができません。ここで、堅牢なナレッジマネジメント戦略が、あらゆるインダストリアルAIの取り組みにおいて最も重要な柱となります。信頼性の高い自律性を実現する前に、私たちがまず取り組むべきことは――

1. データを単にデジタル化するだけでなくAIが読み取れる形にする

私たちは、単なるドキュメントの取り込みを超える必要があります。表、スキャンされた図面、色分けされた安全マニュアルは、機械による誤解釈のリスクがあります。最先端のマルチモーダルモデルでさえ、複雑な産業用図面の詳細な意味を一貫して識別することに苦労します。

例えば、特定のポンプ(P-101)がモーター(M-101)に接続されており、特定の潤滑剤(ISO VG 460)を必要とし、稼働時間に基づいた保守スケジュールを持っていることをAIは「推測」ではなく確実に「理解」する必要があります。

ここで不可欠になるのが共有オントロジー――知識の“辞書”です。これにより、すべての用語が一義的な意味を持ち、複数言語間で追跡可能になります。AIコミュニティでは、この構造化された相互接続型の知識ベースを「ナレッジグラフ」と呼びます。すべての表は完全な記述文の集合に、すべての図面は構造化されたテキストファイルに、すべてのチャートはその説明文に変換されるのです。

2. 形式的な推論を組み込む

この構造化された知識が整えば、AIは統計的な確率ではなく、形式的な論理を用いることができます。たとえば、手順書に潤滑剤の使用が記載されている場合、AIは知識ベースに照会し、特定の機器に紐づく正確な仕様を取得できます。情報が欠けている場合、AIは推測しません。データポイントにフラグをたて、次のように応答します。

「潤滑箇所は特定しましたが、この部品に必要なグリースの仕様は私の知識ベースにありません。承認された情報源で確認してください。」これこそが、安全で説明可能かつ信頼できるインタラクションです。

この二段階のプロセスは、現在日立グループのGlobalLogicで積極的に開発が進められている新しいナレッジマネジメントシステムの基盤となっています。インダストリアルAI領域において、その潜在的な役割は、まさに今求められています。こうした事実に基づく仕組みの必要性は、精度が最重要となる環境で特に顕著です。たとえば、半導体産業では、製造工場内で複雑な装置を維持する際、誤りは一切許されません。この点は、半導体製造装置、分析システム、電子顕微鏡を専門とする日立グループ企業、Hitachi High-Tech Americaがパイロット顧客の一社として強調しています。

Hitachi High-Tech America計測・分析システム部門、アソシエイトGMのAlexander Zhivotovsky氏は、AIのどの側面が自社ビジネスにとって重要かを問われた際、こう語っています。「複雑な半導体計測システムの維持管理においては、曖昧さは許されません。AIを自社の技術文書に基づく検証可能な事実に根ざすことが、信頼性の基本要件です。すべての指示が追跡可能で信頼できるシステムを構築するために、GlobalLogicとの協業を楽しみにしています。」

人と機械をつなぐ究極のインターフェース:生成AI

当社の産業向けナレッジマネジメントシステムにおいて、生成AIの重要な役割は意思決定を行うことではなく、人と機械をつなぐ究極のインターフェースとして機能することです。つまり、信頼性を損なうことなく、深い組織知を誰もが利用できるようにする「ユニバーサル翻訳者」であり、構造化された知識の維持を支援するツールでもあります。生成AIは、人間の直感と機械の論理の間にあるギャップを埋める点で卓越した力を発揮します。 

非構造から構造へ:
エンジニアは、部品番号が記載された写真をアップロードするだけで、生成AIのマルチモーダル機能がそれを識別し、ナレッジベース内の対応する情報を特定し、関連するすべてのドキュメントや稼働履歴を呼び出せるようになります。

クエリからアクションへ:
技術者は自然言語でこう尋ねることができます。
「メインコンベアモーターの一次ベアリングを交換する標準手順は?」
生成AIはこの質問を解析し、推論エンジン向けのクエリに変換したうえで、正確な手順を明確で読みやすい言葉で、ステップごとに提示します。

今後の展望

この「知識優先」のアプローチは、CIOにとってもう一つ重要な利点があります――効率性です。

計算負荷の高い生成AIを人間とのインターフェースに限定し、コアロジックには軽量で決定論的な推論エンジンを使用することで、システムは大幅にエネルギー効率を高めることができます。これは単なるコスト削減策ではありません。工場の現場にある設備に知能を直接組み込むというビジョン――真のエッジAI――を実現し、スケーラブルにするための鍵なのです。

今後、冒頭のストーリーに登場したエンジニアが設備で交わすやり取りは根本的に変わっています。決定論的なナレッジベースに基づいたCopilotは、単に手順を提示するだけではなく、「この部品に必要な潤滑剤は、メンテナンス文書#7B-4で指定されているISO VG 460です」と詳細に答えるのです。現場に立つ新人エンジニアは、危険な推測に頼る必要はなく、代わりに検証可能で追跡可能な事実が提示されるのです。

これが、信頼を築く方法です。便利だけれども不完全なCopilotから、真に自律した運用システムへの移行は、ブラックボックスのアルゴリズムに飛び込む“信仰の一歩”ではありません。それは、検証可能な知識基盤を構築し、自動化された判断が明確に説明でき、信頼できるものになるよう保証する、意図的で計画的なプロセスです。

今後インダストリアルAIに必要となる特性は、単に「賢い」だけではなく「理解できる」ものである必要があるのです。

GlobalLogicのAIへの取り組みについて

執筆者:Yuriy Yuzifovich
Yuriy Yuzifovichは、日立グループ企業であるGlobalLogicの最高技術責任者(CTO)です。GlobalLogicは、世界最大級かつ最も革新的な企業に対し、デザイン、データ、デジタルエンジニアリングの分野で信頼されるパートナーとして活動しています。2000年の創業以来、デジタル革命の最前線に立ち、広く利用されているデジタル製品や体験の創出を支援してきました。

*こちらはCIOの記事を翻訳したものです。

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